2017/08/01

【読書】生涯投資家 村上世彰




村上氏が昭栄に対して敵対的TOBを仕掛け、一躍有名になってから、気がつけば二十年近くが経とうとしている。

今振り返ると、ライブドアがニッポン放送の買収を企図して騒動を巻き起こした2005年から堀江・村上両氏が逮捕される2006年までの、日本社会の喧騒は異常だった。「外国企業による敵対的買収」に怯えて、なぜか全く関係が無い三角合併の導入が先送りとなり、日本企業は「事前警告型」と呼ばれるポイズンピルをこぞって導入した。

本書を読んで改めて実感することは、村上氏の主張は歪んだ会社経営に切り込んだごくごく真っ当なものであり、標的にされた企業やその経営者達の中には、ほとんど横領に近いような形で会社が食い物にされた事例も稀ではなかったということだ。

資本主義社会において、資本を託された株式会社は、それを有効に活用してリターンを挙げる(付加価値を生み出し、富を増やす)べきであり、そうした機会が社内に見当たらないのであれば余剰資金を株主に還元して、資金の好循環を促すべきである。そんな当たり前の主張が、「乗っ取り屋」という誹謗にかき消され、「会社は誰のものか」というややピントのずれた論争の前にほとんど黙殺されてしまったのは、村上氏のみならず日本の経済社会にとって非常に不幸なことだったと思うが、社会というものは(特に人々の意識や価値観は)きっと一足飛びにはなかなか変わらないものなのだろう。

あれから10年を経て、日本にもコーポレート・ガバナンスの適正化を促す動きが本格的に出てきている。本書の端々には、村上氏の無念が滲んでいるが、改めて、氏が議論を喚起したことの影響は大きかったように思う。


それにしても、本質を見ない善悪のラベリングによって、重要な社会問題が極めて単純な感情論に矮小化されてしまう問題の本質は、今日も少しも変わっていない。ますます情報が溢れ、(自分も含め)人々はますます短時間でニュースを消費するようになっている。この問題には、出口が見えない。

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2017/07/12

【読書】 「小池劇場」が日本を滅ぼす 有本香



先週の都議選で、都民ファーストの会があそこまで圧勝するとは意外だった。

約1年前に旋風を巻き起こした小池都知事は、その後、問題を混ぜっかえすだけで何の成果も挙げられていない、というよりも、そもそも何をやりたいのかが一向に見えてこない。本書が冒頭で指摘するように、かつてポピュリストとも批判された小泉純一郎氏や橋下徹氏には、賛否はともかく実現したい理念や政策があった。安倍首相や、米国でポピュリストとの批判が根強いトランプ大統領にしても、彼らなりの主義主張がある。しかし小池氏には、耳触りのよいスローガンと自分をヒロインにした政局ドラマ以外に、何もないのだ。

豊洲市場問題に関して言えば、土壌や地下水には確かに環境基準を超える汚染物質が確認されるが、その水を飲むわけでもそれで魚を洗うわけでもなく、コンクリートで遮蔽されており、何の問題も無い。むしろ築地の方が、建物の老朽化、アスベスト、温度管理もなく排気ガスや風雨にさらされる構造、構内の動線が入り組んでいることによる事故等、安全上の問題が多い(土地も汚染されている)。

だから移転は議論の余地のない急務なのだが、小池氏は都知事選挙で「一度立ち止まるべき」と主張した。個人的には、これは地盤のない彼女が反自民票を取り込むための方便で、都知事になればいずれ現実的な落とし所を探るのだろうと思っていた(この頃は、それなりに信念のあるリアリストだと思っていた)。

ところが小池知事は、豊洲への移転を独断で延期した上に、これを正当化するために「盛土問題」という本来どうでもいい話を針小棒大に騒ぎ立て、都民の不安を煽って正義の味方を演じることに成功した。

築地の土壌にも汚染があることが分かると、コンクリートで覆われているから大丈夫だと言い、ではもっと頑丈に覆われた豊洲も安全ではないかと追及されると、豊洲は安全だが「安心」が無いなどとよく分からない回答をする。挙句の果てに、都議選の直前になって、「豊洲には移転するが、築地も活かす」という意味不明の折衷案のようなものを出して来た。こんないい加減な案は、姑息な選挙対策であることが明らかだったが、それが批判されることもなく、結局、共産党からの批判を抑えることにも成功し、都民ファーストは大勝してしまった。

つくづく天才的な政局センスと強運に恵まれた人だが、この1年弱の行動を見るに、小池氏には信念も東京都政への真摯な問題意識も何もなく、ただひたすら、自らの人気と権力の拡大に腐心しているようにしか見えない。

自分が正義の味方でいるためには、悪役が必要である。都議会自民党や旧勢力(石原元知事など)が悪事を働いていたという筋書きが必要だから、本来問題が無かった(あるいはあったとしても軽微だった)盛り土やら土地取得の経緯やらで問題を作り出し、都政を分断している。もちろん権力基盤を固めることも大事が、そのためには情報を歪めて都政の混乱や停滞を招くことの弊害をも一顧だにしないかのような姿勢は、あまりにも節操が無い。にも関わらず、都民ファーストの会なる何の政策理念もない政党に喝采が送られ、小池氏を批判する声がほとんど出て来ない現状は、かなり危険だと思う。「安倍一強」で言論が萎縮するという話があるが、何をやっても朝日新聞等に執拗に攻撃される安倍政権よりも、この明らかな異常事態をどのマスメディアからも批判されない小池都政の方が、はるかに不健全である。


本書は、小池氏と敵対する勢力全てに同情的な共感を向け、公平性を欠くきらいもあるが、上記のような問題を分かりやすく指摘した良書である。

都議選で第1党となったので、人気取りは一休みして政策の実現に邁進してほしいところだが、国政への色気を隠さない小池氏は、さらに人気取りに勤しむのだろう。東京の未来は暗い。

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2017/07/04

【映画】 Imitation Game




【ネタバレあり】

ナチスの暗号解読に取り組んだ数学者Alan Turingの伝記物(映画とは関係ないが、生物の体表の模様に関する業績もある)。評価が高いようなので観てみたが、やや微妙な作品だった。こうした映画に、史実と異なる脚色が入ってくるのは常だが、ストーリーの山場にどう考えても不自然過ぎるところがあり、今一つ楽しめなかった。

①映画の終盤でTuringは、頻繁に使用される特定の単語に注目することで解読の効率を上げるアイディアを、パブでのふとした会話の中から突然閃き、その晩のうちに解読に成功したように描かれているのだが、そんなのは誰でも最初に思いつきそうな発想である。実際、Turingは最初から、この使用頻度の高い用語の組み合わせに注目して、解読速度を高めることに注力したようである(映画の中で彼が独自に開発・設計・製作したことになっている機械は、実際にはTuringの赴任前に別の学者が既に一度完成させていた)。
勿論、難解な数学を理解しなくても視聴者が興奮できるドラマを用意する必要があったのはわかるが、パブで閃いて作業部屋に走るシーンを観ながら、「今更そこですか」と感じざるを得なかった。もう少し何とかならなかったものか。

②全ての暗号を解読したチームは、解読に成功したことをドイツに悟られないように、情報を抑制的に利用する必要があり、その最初の決断をTuringが下したように描かれている(その後、MI6のStewart Menziesに報告して判断を委ねることにはなるが、どの情報を利用してどれを無視するかの判断にも、Turingが関与したことになっている)。しかし、戦況の全体像を把握しているわけでもない素人集団が、国民の生死に関わる機密情報を誰にも報告せずに独自の判断で握りつぶし、数百人の国民を見殺しにするような決断をするようなことは、あまりにも現実離れしているし、その後の情報利用に関与し続けるというのも非現実だ。

いずれも、映画を盛り上げるためにありがちな演出ではあるが、ストーリーがチープになってしまった印象は否めない。

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2017/06/30

【読書】 ストーリーとしての競争戦略 楠木建




本書の出版当時、話題になっているのは目にしていたが、どうも食指が動かなかった。『ストーリーとしての競争戦略』というタイトルから、種々雑多な成功談の寄せ集めのようなものを想像し、再現性がある学びが得られるような気がしなかったのである。
しかし今回機会があって手に取ってみて、もっと早く読んでおけばよかったと後悔している。本書は、事業戦略の策定にあたって必要な思考様式を丁寧に説明した良書だった。

もちろん、戦略策定に即物的に役立つテンプレートやフレームワークを提供してくれるわけではない(そんなものは存在し得ない)のだが、どういう戦略が「筋のよい」戦略で、それはどこがなぜ優れているのか、短絡的に思いつく単発の打ち手の集合体(本書では「静止画」と表現される)はそれと何が違うのか、よい戦略を作るためにはどういうものを目指さなければならないのか、といったことが、非常によく分かる。中でも、「部分の非合理を全体の合理性に転化する」という話は、なかなか切れ味が鋭かった。

冗長だというレビューが多いが、本書の要点を簡潔にまとめてしまうと、面白くもなく、あまり役にも立たなくなってしまうだろう。短く要約すれば当たり前のことも多く、どこかで聞いたような陳腐な言葉になってしまうのだが、それをいろんな言葉で繰り返し語ることで、読み手に考えさせ、腹に落とし込ませるところに、本書の意義がある。座右に置き、時々読み返したい本である。

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2017/06/30

【読書】 Sapiens(サピエンス全史) Yuval Noah Harari ③







第四部::科学革命(The Scientific Revolution)

・世界はこの500年くらいで、急速に、劇的に変わった。その変化をもたらしたのが科学革命である。

・4部の幕開けとなる14章のタイトルは、「無知の発見」。古代から中世の社会では、宗教が世界の中心にあり、「過去の聖人は全てを見通していた(人類はそこから堕落した)」「大事なことは全て聖典に書いてある(神の預言にないことは重要ではない)」という認識がベースにあった。為政者は、新しい理論を発見したり自然の謎を解明するための研究に、貴重な資源をわざわざ投入しようなどという発想を、持たなかった(そんなことに金を遣うくらいなら立派な宮殿を建てた)のであり、そこから新たな技術は生れようがなかった。

・それに対し、大航海時代に未知の大陸に直面したヨーロッパ人は、史上初めて、人類が無知であることを明確に自覚し、新たな知識の収集に異常な程の意欲を持って取り組み出した。(14章)

古代においても、数学・天文学・建築学・医学などの科学が発展しており、ハラリの整理はやや乱暴な気もするが、中世で神学が学問の中心を占め、科学探究心を欠いていたことは事実だろう。

・科学の発展と帝国主義の拡大は車の両輪であり、両者が密接不可分に結びついていた。オーストラリア等を「発見」したキャプテンクックの船団は、壊血病の予防にビタミンCが有効であることを発見して科学の発展に寄与する一方で、多数の銃火器を搭載して先住民を追い立て、British Empireの拡大をもたらした。ダーウィンをガラパゴス諸島に連れて行って進化論に道を開いたのも、イギリス海軍の軍艦である。

・しかしこの頃(1770年頃)、欧州がアジアと比べて技術的に優位に立っていたわけではない。1775年にはアジア(オスマン帝国、サファヴィー朝ペルシャ、ムガル帝国、明など)は「世界経済の8割」を占め、欧州は未だ辺境に過ぎなかったとハラリは言う。にもかかわらず、なぜ欧州帝国主義が世界を席捲したのか。大航海時代の欧州以前にも、明の鄭和は15世紀初頭に7次に渡る航海でアフリカまで遠征した例があり(しかもその艦隊はコロンブスの船団よりも遥かに巨大だった)、少なくとも技術的には遠洋航海は十分可能だった。

・19世紀から急速に西欧が世界の他の地域を凌駕した「大分岐」(The Great Divergence)。その謎には、これまでにも様々な説明が試みられてきたが、ハラリの回答は、要約すると「1850年までの数世紀に亘って、西欧にのみ科学的精神と資本主義の精神が深く根付いたため」であり、さらに言い換えると、「無知の自覚を出発点に、投資によって今日よりも明日をよくできるという人間の力への信頼(信仰)」ということになる。

・欧州の大航海とそれ以前/他の帝国の遠征との決定的な違いは、前者が自らの無知を知り、異世界を探索することを目的としたこと、そしてそのために実際に多数の科学者を帯同したことにある。(それまでの遠征は基本的に、帝国の威信を辺境の知に知らしめに行くことを目的とし、自らが学びに行くことなど考えもしなかった。)両者の違いを端的に示すのが、遺された地図。中世の地図では分からない場所は想像で埋められていたが、むしろ大航海時代となって未開拓の場所は空白とされるようになった。

・コルテスがアステカに着いた時、アステカ人は海の向こうに自分達の知らない世界があることを理解出来なかった。その十数年後にピサロがインカ帝国を滅ぼした時、インカ人はアステカに起こった悲劇を知らなかった。

・欧州列強の帝国は、被支配地域の文化や言語を深く理解し、それまで見向きもされなかった遺跡の発掘や古文書の解読を行い、地形を測量し、動植物の生態を解明し、現地人すらも上回る深さの知識と理解を蓄えていった。その優位性は、少数の白人が圧倒的多数の現地人を支配する武器となったのみならず、白人に「無知蒙昧な原始人を啓蒙する」という使命感("White Man's Burden")を植え付け、帝国主義を道義的にも正当化して行くことになる。(15章)

資本主義を論じた16章は、お決まりの信用創造の話から始まるが、そこからの展開はなかなか独創的で面白い。

・借り手を信用出来なければ投資は起こらず、成長も無い。なぜ信用は生まれたのか。それは科学革命が有用な技術の発展を促し、人々が「経済成長(=パイの拡大)」を信じるようになったから。

・中世以前の世界は静的で、富は一定だった。経済はゼロサムゲームであり、誰かが富むことは、他の誰かの富を奪うことと同義だった。だからキリスト教を含む多くの宗教で蓄財は罪とされたし、成長無き世界でシェアの拡大のみにベットして信用を供与する貸し手は稀だった。

・近代欧州で初めてこの前提が覆り、パイの拡大が信じられるようになった。それは成長ストーリーを信じた投融資を誘発すると同時に、蓄財への罪悪感を無くし、人々を投資へと駆り立てる起爆剤となった。

・こうして富の追求に引け目を感じ無くなった欧州エリートの資本の洪水が、列強間の戦争の帰趨を左右し、アジアやアフリカを植民地化して行く。オランダがスペインに勝ち、イギリスがフランスを凌駕したのは、両者が相手よりも高い信用を維持し、資金を調達できたため。コロンブスに代表される冒険家に金を出したのも、資本家達だった。リターンを追求する資本が生み出した株式会社は、やがて軍隊を組織し、植民地経営に乗り出して行く。(16章)

・蒸気機関の発明は、初めて人類がエネルギーの変換(熱→運動)を行ったという意味で画期的。(17章)

・産業革命以降、家族やコミュニティが崩壊し、様々な機能を市場と国家が代替するようになった。(18章)

・19章は「幸福論」という少し毛色の違う話がテーマである。人々の幸福は、物質的豊かさで測れるのか、というお決まりの話から始まるが、「幸不幸は、当人の主観が決める」という考え方自体が近代個人主義に特有のものという指摘は面白い。それ以前は、幸福を定義するのは宗教だった。

・20章は、サピエンスの未来について。現代のテクノロジーは3つの分野で人間を超えた存在を生み出そうとしている。①遺伝子操作(病気にならない人間など)、②工学的医療(脳と直接信号をやり取りする眼や腕など)、③ロボットやAI、などである。SFの中で優れた未来のテクノロジーを使いこなす主人公達は、私たちと変わらない人間であるのが常だ。しかし技術の進歩は、ホモサピエンスとは全く異なる認知能力や思考様式を備えた超人かもしれない。

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