2017/10/31

質問時間配分の変更は、さすがに与党の傲慢が過ぎる

自民党が、国会での質問時間を議席数に応じて配分する案を検討していると報じられている。「仕事をしたい(地元有権者にアピールしたい)」という理由でこうした要望を出したとされる自民党の三回生議員達は、議院内閣制というものを理解しているのだろうか。

政府と議会多数派が一体となって政治を担う議院内閣制における議会では、野党による監視機能が極めて重要である。英国議会のQuestion Timeでも、質問の優先権は野党にある。プラカードを持って絶叫したり、下らないモリ・カケ問題を延々取り上げてきた野党がその役割を充分に果たして来たとは思わないが、だからといって質問時間を与党に寄せれば、国会は太鼓持ちと茶番の場になり、政治は巨大与党の独裁となってしまう。権力への懐疑と自制は、正に自民党が標榜する保守の伝統ではないのか。

安倍政権のやることはなんでも批判する朝日新聞もどうかと思うが、こんな暴挙にまで共感を示す産経の偏向も酷い。


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2017/10/20

政局雑感

希望の党は、サンドバッグ状態になってしまった。日本人(あるいは日本のマスメディア)は、かつて不遜に振舞っていた人が叩かれて弱っていくのを見るのが大好きだ。ここ一週間ほどの小池叩きは、猪瀬氏や舛添氏へのバッシングショーによく似ている。

「排除」発言が転換点となったことは間違いないだろうが、うっかり口を滑らせたというよりは、根本的な戦略において小池氏や細野氏が欲張りすぎたのだと思う。彼女たちは、希望の党がそこそこ勝つことを前提に、選挙後の党内主導権を集中することを目指して、あまりにも多くの実力者を排除しようとした。それを露骨に示した細野氏の「三権の長経験者はご遠慮いただく」発言は、「排除」と同等以上に大きな失敗だったように思う。(2011年、史上最年少の首相になれたのに見送った細野氏には、チャンスは一度きり、という思いが強いのかもしれないが、自民党では、安倍首相は二回総理をやっているし、首相経験者である麻生氏や宮澤氏が閣僚として内閣を支えた例もある。首相経験者だからいけない、という基準の意味は、結局よく分からない。)

都知事を投げ出すことへの批判、後任知事が敵対勢力から出るリスクも避け、終盤では自民党傍流との連携も匂わせるなど、首班指名で迷走したことも、全てを取ろうとして自滅した結果だろう。対する立民党の分かりやすさを際立たせてしまっている。

(追記)

結局、立憲民主党と希望の党は明暗を分けた。希望の党が自滅した結果でもあるが、今の日本では、左派的「リベラル」の支持層は結構根強いのだろう。非現実的な安保政策を取らないと自民党との違いを打ち出せないのだとすると、日本には二大政党制は当分訪れないのだろう。

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2017/09/29

政局雑感

前原氏は党内左派が路頭に迷う事を承知で切ったということだ。こんなに非情で大胆な決断ができる人だとは思わなかった。希望の党にロクな政策も理念もないことは明らかだが、それでも、既に歴史的使命を終えた民進党でジリ貧になっていくよりは、未来が開ける。

最近のマスコミは、民進と希望をめぐる話題で席巻されている。安倍首相の国連演説など忘れさられ、自民党には全く存在感がない。(北朝鮮が新たな核実験などを行えばまた空気は変わるのだろうが、北朝鮮が日本の世論の雰囲気を正確に分析していれば、自民党が負けて日本国内が混乱した方がありがたいから、今は動かないだろう。)

共産党に代表される左派は、最近までメディアの偏向報道のおかげで票を伸ばして来たが、今回は埋没するだろう。

小池氏は「互助政党」との批判を交わすためにも、民進左派の公認は認めない。それは彼女に信念があるからではなく、そちらの方がむしろ選挙に有利だからだ。今後も希望と民進は、誰に公認が出て誰は切られたとか、首相経験者も切り捨てられたとか、参院議員はどうするだとか、一部は社民に合流したとか、話題を振りまき続けるだろう。最近の選挙では、結局話題をさらって有権者がドラマやストーリーに乗っかった陣営が勝つ傾向が強いから、希望は結構勝つかもしれない。

さすがに第1党にはならないだろうが、自公を過半数割れに追い込み、連立政権入りする可能性はある。このシナリオでは小池旋風が吹いている前提だから、岸田氏や石破氏が首相というのに納得感があるか。。小池首相誕生は、十分現実味を帯びてくる。そうなったら国民にとっては悪夢だが、小池氏は今頃、都知事の座を禅譲する後釜候補を必死に探していることだろう。10月10日の公示まで、残された時間は短いが。
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2012/07/17

小沢一郎の最期

過去20年超、日本の政治(あるいは政局)の中心に在り続けた小沢氏が、その政治生命を終えようとしている。
「新党『国民の生活が第一』には8割が期待しない」との世論調査結果が発表されているが、そのような調査を待つまでもなく、支持基盤の無い若手議員を寄せ集め、橋下氏からも石原氏からも相手にされないこの政治勢力に未来があるとは思えない。国民のほとんどはもう何とも思っていないだろうし、メディアからもやがて忘れられていくだろう。

彼が20年前に著した『日本改造計画』は、明確なビジョンとリーダーシップ、それを実現する具体的な方策が簡潔にまとめられた本格的政治論として鮮烈な衝撃を与えた。同書を読めば、その後の日本が、規制緩和・自由主義や小選挙区制・マニフェスト選挙の導入を含むイギリス型政治システムの模索から、自己責任という観念の波及に至るまで、紆余曲折を経ながらも、相当程度本書の提言・予言通りの道を歩んできたことがわかる。



本書は当時新進気鋭の官僚や学者等で構成されるゴーストライターが書いたとされ、そのことをもって批判する向きもあるが、それだけの識者・論客を惹きつけ、選別し、一貫した論旨にまとめあげ、自らの名前で出版できたことこそが、彼が動員力と先見性、決断力を兼ね備えた優れたリーダーであった証左である。

だから私も、3年前の政権交代時、日本の統治構造が変わることに多少とも期待した(今読み返すと面映ゆいが)。
しかし結局、統治構造は何も変わらなかった。部会の廃止は撤回され、与党・政府の二元体制は維持された。百人超の与党議員が政府入りすることも、国家戦略局が指導力を発揮することも無かった。そしてその二元体制を維持した張本人は、自分しか見えない夢想家・鳩山由紀夫氏を操り、ガソリン暫定税率の廃止撤回に代表される政権介入を行った小沢氏自身だった。

今回結成された新党「国民の生活が第一」は、あろうことか党議拘束を設けないという。党議拘束・多数決によって「決める政治」は、彼が目指した英国型モデルの要諦である。それを真っ向から否定し、小沢氏の目指す政治システムは一体どこに行くのだろうか。代案の無い脱原発・反消費増税を含め、「何でも反対」党内野党に成り下がっていたことを考えれば、驚くには値しないのかもしれないが。

数年前、小沢氏と1対1で話したことがある。メディアを通じて受ける強面な印象とは裏腹に、柔和で親しみやすい方だった。これが「人たらし」と言われる所以か、と思ったものである。

結局小沢一郎氏は理念ある政治家だったのか、単なる田舎の旧い政治屋だったのか。最近のメディアを通じて得られる小沢像しか知らない人には後者にしか見えないのだろうが、彼の政治行動をつぶさに見た人や『日本改造計画』のインパクトを知る人にとっては、「日本を変えてくれるのではないか」という期待感を抱かせる存在だった。だからこそ彼は、これほどの長きに渡って政治の中心に居続けられたのだ。
先の問いは、おそらく彼に近しい支援者にとっても、永遠の謎だったのだろう。その謎に答えを出さないまま、小沢氏は政治の表舞台から完全に消え去ろうとしている。一度首相になって答えを出してほしいと思っていたが、その機会はもう永遠に巡ってこないだろう。


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2011/10/23

小泉氏は自民党の衰退をもたらしたか- 『世論の曲解-なぜ自民党は大敗したのか』

菅原琢氏著の『世論の曲解』を読んでの考察である。非常に面白い本だったので内容は前回紹介したが、一つ重要な点として「農村での自民党離れに小泉は関係ない」とする著者の解釈には、全面的には同意し兼ねる。

著者が上記のように結論付ける論理は下記のようなものだろう。
・農村部の自民党支持基盤の弱体化という底流は、政治制度改革(中選挙区制度の廃止、利便性の向上による都市部の投票率の向上)や第一次産業/土木・建設業等の衰退により、90年代から生まれていた
・それに対して小泉は「都市部寄り、若年・中年層向けに政策路線をシフトするという的確な対処法」により、「農村の支持基盤を維持したまま、都市部での支持を厚くすることに成功した」。小泉は自民党にとっての救世主である
・その後の自民党は「都市部の支持獲得という的確な処方箋を捨て」旧い自民党に回帰することで支持を失った

しかしこの議論は、小泉改革が農村部の集票組織を破壊したことを過小評価していないだろうか。
著者は、選挙結果を見て「もし小泉が悪いなら、03年くらいからもっと農村の自民党支持率が悪化してもよかっただろうが、少なくとも小泉時代の自民党は、農村で一定の得票率を維持していた」として小泉原因説をあっさり否定する。しかし集票組織が小泉政権下の自民党を離反できなかったのは、小泉が強大な権力を集中させて有形無形の圧力を強める一方で、民主党は現実的な対抗勢力と見做されていなかったからである。匿名の投票者と異なり、顔が見える集票組織は、たとえ不満があっても簡単に政権を裏切るわけにはいかない。鬱積した不満が爆発するためには、小泉が居なくなり、民主党が党勢を回復するための時間が必要だったのだ。

政権交代をもたらした2009年の衆院選では、多くの集票組織が民主党に流れた。最後に雪崩を打つように発生した駆け込みは、単に勝ち馬に乗っただけで小泉改革の遺産とは言い難いかもしれないが、少なくともそうした流れの先鞭をつけた特定郵便局長会と日本医師会の離反が、小泉政権下での冷遇を直接の原因としていたことは明白である。選挙において一般世論が重要であることは論を待たないが、利益集団や集票組織の動向に全く触れずに選挙の力学を論じ切ることにも、やや無理があるのではないだろうか。

もちろん、自民党の支持基盤が長期的に衰退する宿命にあり、変化を必要としていたこと、それに対して小泉氏が的確な処方箋を提供して自民党を救ったことは否定しない。しかし都市部の新しい有権者の支持を取り込むために、小泉氏はやはり地方の集票組織を切ったのであり、その手法は自民党にとっては諸刃の剣だったのだ。小泉氏が国政選挙のゲームのルールを組織票固めから無党派層の風集めに変えたことは民主党躍進の遠因となったのであり、自民党の衰退に止めを刺したのはやはり小泉氏だったのだと、私は思う。

小泉首相が誕生しなければ自民党はもっと早く政権を失っていた可能性はあるが、その場合の衰退はもっと別の形で現れただろう。


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