2009/09/27

【読書】 The System  H. Johnson and D. S. Broder

The System: The American Way of Politics at the Breaking PointThe System: The American Way of Politics at the Breaking Point
(1997/04/01)
Haynes JohnsonDavid Broder

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今をさかのぼること16年前、クリントン政権は国民皆保険の導入を含む医療制度改革を試みた。当初国民の大多数に支持されていたそのプランは、2年近くにわたる政争の中で支持を失い、医療制度を建て直すというクリントンのチャレンジは完全な失敗に終わった。本書は、その過程を丹念に追い、大統領府や議会や様々な利益集団がどのように動き、何が改革を潰したのかを浮き彫りにした力作である。

現在オバマ政権が取り組んでいる課題(無保険者と膨大な医療費)はクリントン時代のそれと基本的に大きく変わっていないので、オバマの医療改革の推移を理解するうえで助けになるだろうし、医療に限らずアメリカ国内政治のシステムと力学を理解するために最適な書だと思う。

「統治機構を考える」の2~4で書いたように、アメリカは政府と議会が切り離された政治システムで、党議拘束が無いので、大統領肝いりの法案であっても成立するとは限らない。実際、当時は上下両院で民主党が過半数の議席を握っていたにもかかわらず、医療改革法案は廃案となったのである。

細かい点を挙げればきりがないが、構造を簡単にまとめると、以下のようになる。

○経緯
1992年11月  クリントン当選 
1993年1月   クリントン大統領就任
1993年春~夏  予算成立に手間取り、医療改革に着手できず
1993年9月   クリントンが議会演説で医療制度改革案を発表
1993年冬    クリントン政権に様々なスキャンダルが発覚し、支持率急落
1994年8月   廃案が決定的に
1994年秋    連邦議会選挙で民主党大敗(上院議席56→48、下院議席258→204)。共和党が両院で第一党に。

○政治状況
クリントンは1992年の大統領選で現職のブッシュを破って当選したが、彼の得票率は43%に過ぎず、また同時に行われた議会選挙で民主党は下院の議席を減らした。つまり、民主党への支持ははじめからそれほど高くなかった。とはいえ、民主党は上下両院で過半数を保持していた。

○共和党
1994年に行われる選挙で勝利して議会での主導権を奪還したいと考えていた。そのため、医療制度改革を失敗させてクリントン政権を躓かせるという目的で結束した。

○民主党
国民皆保険の実現を重視する議員は多かったが、その方法を巡っては様々な意見の対立が合った。

○利益集団
・Health Insurance Association of America:保険会社の団体。国の規制が強まると、保険料が抑えられたり、健康リスクの高い人を保険に受け入れざるを得なくなったりして、収益が減るので、クリントン案には絶対反対。
・National Federation of Independent Businesses:中小企業の団体。クリントン案は企業に従業員の健康保険を提供する義務を課し、金銭面も負担させようとしたため、反対。
・National Association of Manufacturers, Chamber of Commerce, Business Roundtable:大企業の団体。大企業の多くは既に従業員に健康保険を提供しているので、これが全企業に義務付けられれば中小企業との競争上の不利がなくなるので、潜在的には賛成する要素があった。しかし、クリントン案が大企業自身にも新たな義務を課すことになることを恐れ、最終的には反対に回った。
・America Associaton of Retired Persons:退職者の団体。保障が厚くなるので、基本的には賛成。


保険会社と中小企業が反対することは織り込み済みだったし避けようがなかった。クリントン政権にとっての大誤算は、スキャンダルに足をすくわれたことと、大企業が反対に回ったことだろう。
スキャンダルは政権の支持率を低下させた。それは政府の関与を極度に嫌うアメリカという国にあって、政府が医療制度への関与を増やすことへの強い抵抗を生んだ。クリントンへの不信は、医療制度改革に対する懸念に直結したのである。

共和党は当初、クリントンの改革に反対して「抵抗勢力」とみなされることを恐れていたが、国民の支持が低下するにしたがって、気兼ねなく医療制度改革を攻撃できるようになった。大企業が反対したことも、それに拍車をかけた。

民主党は、結束してクリントンを支え、医療改革を実現していれば、94年の選挙であんなに大敗することもなかったのだと思うが、反対運動が広がる中で分断工作が進み、囚人のジレンマ的状況で多くの議員が保身に動いた結果、医療制度でもその後の選挙でも、最悪の結果を招いてしまった。

それにしても、アメリカの政治闘争はすさまじい。
議員一人ひとりが自分で投票を決めるので、「党の方針に従いました」という言い訳は通用しない。そこで様々な利益集団や議会内勢力が、各議員に対して「お前はどっちにつくんだ」と圧力をかける。つまりアメリカの議員は、法案ごとに様々な人に踏み絵を踏まされるのである。
また議員の独立性が高いので、民主党の議員の中からも、大統領案とは別に法案を出す者が出て来たりする(こんなことは日本ではあり得ない※)。複数の法案が出てくると審議が混乱し、支持が分裂して共倒れになるリスクが高まる。そこで大統領派は、別の法案を出したCooperという民主党議員の地元でこの議員のスキャンダル情報を流しまくって脅しをかける。同じ民主党の中で、こんな闘争が繰り広げられるのである。
アメリカは、特に内政に関しては、大胆に制度を変えられないような仕掛けが政治システムの中に組み込まれているのである。


※脳死臓器移植法案のような特殊な場合は別

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2009/09/23

子供手当てに所得制限はいらない

2万6千円の子供手当てについて、所得制限を設けるか否かをめぐって意見が対立している。民主党の方針は所得制限無く全員に給付するというものだが、社民党等は所得制限を設けて、浮いた分は他の支出に充てるべきと主張している。この違いが生まれるのは、手当ての目的の捉え方に差異があるからだが、その点が十分理解されず、議論が混乱している。以下に、代表的と思われる考え方を整理してみた。

子供手当ての考え方v2

所得制限を主張する社民党が考える目的は、①「所得再分配(貧しい世帯の救済)」である。子供を育てるのにはお金がかかるので、困窮してしまう。だから社会で助けてあげよう、というものである。したがって金に困っていない高所得者には手当てをあげる必要はない、ということになる。

一方、所得制限を設けない民主党案の目的は、②「社会貢献の対価」である。すなわち、子育ては社会貢献であり、その貢献に社会が報いるという考え方である。未来の日本を作る子供達を育てている人々は、社会貢献をしている。だからその報酬を払うのである。
この考え方は少し分かりにくいかもしれないが、特に社会保障財政を考えればその意義は明らかになる。将来、我々の年金や医療費を払ってくれるのは、いまの子供達である。子供がいる人もいない人も、将来は均しく次世代の世話になる。しかし次世代を育てるための負担は一部の人に偏っている。その不均衡を無くすために、子育てという社会貢献を行っている人には報酬を出すのだ。

この点について、大和総研の斉藤哲史さんという研究員が明快に喝破している。

「子ども手当」の意義とは
(前略)

そもそも論として、子どもがいないと将来の社会が成り立たないのは自明のことである。・・・したがって社会を維持していくためには、国民全員で次世代の育成を行う必要がある。しかし、・・・実際には一部の人が代表して出産・育児を行っている。その意味で現代の出産・育児は、警察や消防などの公務と同等の活動である、といってもよいだろう。

民主主義社会においては、社会を維持するために必要なコストを支払うのは国民の義務であり、国民は納税というかたちで貢献している。そして、そのカネで消防や警察などの公務を行っている人たちを雇っている。これと同様に、出産・育児をする人も公務に携わっていると見なせるため、税から報酬が支払われて当然ということになる。出産・育児をする人に、税金を使って子育てを委託しているわけだ。

このように考えると、「所得制限なしの子ども手当は金持ち優遇である」という批判が見当違いであることがわかるはずだ。子ども手当はあくまで育児(=社会貢献)の対価であり、親の所得とは何の関係もないからである(※1)。これは裕福な公務員に、「あなたはお金持ちだから給与を払わない」と言っているのに等しく、それが道理に合わないことは誰にでも理解できるはずである(貧富の差を云々するのであれば、所得税や地方税で再分配を行うべきである)。 

(後略)

(※1)英、独、仏、スウェーデンなどにも子ども手当(現金給付)の制度がある。金額は子の数によって異なり、1~3万円の範囲内であるが、いずれの国も所得制限を設けていない。所得制限の必要性を訴える人たちは、なぜ彼等が所得制限をしていないのか、その理由を考えてみるべきではないだろうか。

http://www.dir.co.jp/publicity/column/090827.html



この考え方は曲解されやすく、後述のような感情的反発を招きがちなので、民主党は正面きってこのような説明をしておらず、歯切れが悪いが、同党の政策はこうした思想に基づいているのだと私は理解している。

ちなみに、最近あまり論点に上っていないが、子供手当ては③出生率向上のための制度だと考えている人もいる。例えば竹中平蔵氏は、8月に行われたポリシーウォッチという団体の会合で、③の立場から、民主党に対して「出生率を上げるにはこれから生まれる子供に手当てを出せばよいのであって、既に生まれている子供に出す必要は無いのではないか」と疑問を呈していた。

このように子供手当てにはいくつかの目的があり得るのだが、多くの人が、政策目的が違うという事実を理解せずに他者の案を批判している。違いが分かった上でどちらの考え方を取るか議論するのは結構なことだが、現状は、特に①の立場の人が②の目的を理解せずに民主党案を批判しているように見える。
また、③の立場から「手当てを出しても出生率は上がらない」というトンチンカンな批判をする人がいるが、①や②の立場はそもそも子供を増やすことを目的にしていない。①と②は、子供手当によって仮に出生数が1人も増えないとしても、やはり出すべきだ、という考え方なのである。主目的は格差是正や子育ての支援だからだ。確かに出生率が向上することは望ましいが、それは副次的要素なのである。


なお、私自身は所得制限には反対である。斉藤氏も触れているが、子供手当ては社会貢献への対価であり、所得再分配は別途対策を講ずるべきだ。同じ所得1,000万円世帯でも、子供を3人育てている家庭と独身や夫婦だけの世帯とでは、次世代への貢献度合いが全く異なるからだ。所得制限を設けてこの世帯を除外してしまったら、この不均衡は是正されない。

このような考え方に対して、「結婚できない低所得者」や「子供ができない身体の人」への差別だと批判する人がいるが、それはポイントがずれている。若者の雇用不安への対策は必要だし、不妊治療への公費投入は増やすべきだと思うが、それらは別途対策を打つべきことだ。その議論を子供手当てに持ち込むと、訳が分からなくなる。

日本の社会保障システムは、本来別の目的で作られた制度に所得再分配の要素を混入させた結果、制度が複雑になり、目的が良く分からなくなったものがたくさんある。医療保険制度はその最たる例で、保険なのに所得比例の保険料を払い(※)、さらにそこに税金が投入されている。

制度一つ一つは目的を明確にしてシンプルに設計し、所得再分配機能は税制や生活保護等に集約するべきだと思うし、その原則に基づけば、社会貢献への対価を目的とする手当てに所得制限を入れるべきではない。


※保険のそもそもの目的はリスクの分散であり、保険料はリスクに応じて決まるのが保険原理の鉄則である。高所得者の健康リスクが高いわけでもないのに割高な健康保険料を課しているのは、そこに所得再分配の要素を入れているからである。例えば、保険料は定額にする代わりに、税での所得再分配を強化すれば、よりシンプルで分かりやすい制度体系になるだろう。
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2009/09/13

医療保険改革に関するオバマ演説

オバマ大統領が、9月9日に議会で医療制度改革に関する演説を行った。国民皆保険をいかにして実現するか、という点に演説の大部分を充てていた。演説の中身は後に概観するが、その前にアメリカの無保険者問題をごく簡単にまとめてみる。

<無保険者問題のまとめ>
・アメリカは「国民皆保険」を実現していない唯一の先進国であり、4,600万人の無保険者が存在すると言われている。
・アメリカの医療保険は、個人が民間の保険会社と個別に契約するのが基本だが、大企業や官公庁に勤める人は、職場を通じて医療保険に加入する。個人で民間保険に加入してもよいが、雇用者である企業が保険会社と交渉した方が保険料が安くなるので、普通は雇用先が決めた保険に加入する。企業は通常、交渉を有利にするために一つの保険会社としか契約しないので(全従業員が一社と契約する方が、数の論理で交渉力が高まる)、従業員の選択肢は一社しかないことが多い。この点は日本と似ている。
・ただし、従業員に医療保険を提供することは雇用者の義務ではないので、中小企業などでは医療保険を用意していないところも多い。こうした中小企業の従業員や自営業者たちは自分で民間保険会社の医療保険に加入することになるが、それは義務ではない。大企業が保険会社とハードネゴした分のしわ寄せが交渉力の無い個人に来るので、概して条件は良くない。そのため、保険に入らない人も多い。
・一方、資力のない高齢者や低所得者、その子供には、それぞれメディケア・メディケイド・CHIPなどと呼ばれる公的保険が適用される。
・要するに、保険に加入していない人の多くは、現役世代のうち、中小企業の従業員や自営業者、フリーター、無職などである。社会の最貧層ではないが、総じて所得はあまり高くない。
・この無保険者の中には、「入りたくても入れない人」と「入りたくない人」がいる。前者は、既に病気を持っていて保険会社に加入を拒まれたり、お金が無くて高い保険料を払えない人たち。後者は主に健康的な若者で、高い保険料を払うくらいならリスクを取って無保険のままでいいや、と思っている人たちである。
・アメリカの医療費は世界で突出して高く、GDPの16%近くに上る(ちなみに日本は8%くらい)。


さて、オバマのプランである。しばらくきちんと追っていなかったので理解不足の点もあるかと思うが、大要、以下のような案が示された。(全文はこちらから)

<オバマ演説のまとめ>
・前提として、既に医療保険に加入している人に対しては、何らの変更を強いるものでもない(アメリカ人は政府に何かを強制されることを非常に嫌うため、この点を強調した)。
・その上で、保険会社に「健康状態を理由に医療保険への加入を拒んではならない」という義務を課し、「入りたくても入れない」人を無くす。
・そのために“Health Insurance Exchange”というマーケット・プレイスを作る。(この“Exchange”では保険料の上限や保険がカバーする範囲など、最低限満たすべき要件を政府が設定し、その範囲内で民間保険会社が提供する医療保険を、個人が選んで加入する。保険会社は、病歴がある人に法外な保険料を課したりすることは禁止される。)
・更に、政府は新たに医療保険を運営して、低額で安心できる医療保険を提供することで、民間保険会社に競争圧力をかける。ただし、これが不当な民業圧迫とならないよう、この保険には一切税金を投入しない。
・一方、保険に「入りたくない人」は、結局病気になったら救急病棟に駆け込んで税金を食い潰すフリーライダーとなるので、必ずどこかの保険に加入することを義務付ける。
・これらの改革を進める上で、財政赤字は一切増やさない。必要なコストは、システム全体の効率化や、現在過剰に儲けている保険会社のスリム化によって捻出する。


過去何人もの政治家が試み、全て失敗に終わった国民皆保険の実現。国民に人気がある大統領と、上下両院で民主党が多数を握るという条件がそろった今回こそ実現するか、注視していきたい。政策の中身についてはこれから調べて行こうと思うが、演説は非常に面白かったので興味ある人は見てみてください。多数に分割されていて恐縮ですが。

これ↓はPart 1で、最初の2分くらいはひたすら拍手してます。Part 6まであります。



Part 2はこちらから。続きはYoutubeでどうぞ。


ちなみにアメリカの議会演説ではスタンディングオベーションがお決まりだが、真ん前に陣取っているヒラリー等は毎回必ず立つのに対し、共和党の議員(オバマから見て左側)は立ったり立たなかったりしているのが分かる。以前書いたように、アメリカの議会には党議拘束というものが無いので、発言に賛成なら拍手、反対ならブーイング、と是々非々の反応を示す。この辺りにも議会の違いが出ていて面白い。Part3の後半では、オバマが反対派議員を批判したので、座ったままブーイングをしている議員がたくさんいる。


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2009/09/09

閣内と閣外では大違い

党首級協議を閣内で、民主が枠組み 福島・亀井氏入閣の方向 
NIKKEI NET

 民主党は7日、鳩山由紀夫代表、小沢一郎代表代行らによる幹部協議で、社民、国民新両党との連立協議の焦点の与党間の政策協議に関し、両党の党首級の入閣を求めたうえで、必要に応じて閣内で協議する枠組みを設ける方針を決めた。8日に再開する連立協議で両党に正式に提案する。民主党の人事では小沢氏の幹事長への起用と輿石東参院議員会長の続投を了承した。
 社民、国民新両党は民主党の要請を最終的には受け入れ、福島瑞穂党首、亀井静香代表がそれぞれ入閣する方向だ。(07:02)



連立協議の場を閣内に設けるか閣外に設けるかで、協議が続いているが、どうやら閣内で落ち着きそうだ。与党・内閣一元化の重要性については再三書いたが、ここで改めて連立協議の場ということを考えてみたい。

自公連立政権では、与野党の政策協議は内閣に入っていない幹事長同士で行われていた。そこに政策調整の実権があると、首相や内閣の打ち出した方針に対して、「党は聞いてない」とか「了承できない」といった反発が起こりやすい。彼らは別に内閣の人間ではないので、首相に従わなければならない必然性は無いからだ。麻生内閣では、首相の提案に対して、自民党や公明党の幹事長が平然と反対意見を述べて、いとも簡単に方針が覆されることが多々あった。

ところが政策協議の実権が閣僚同士の協議の場になると、こうは行かない。閣僚は内閣の一員であり、首相に指名されて首相を支えるべき立場である。閣外の幹事長というのは、「たまたま今協力関係を結んでいる別の政党の人」だが、閣僚は「首相の部下」である。これはぜんぜん違う。閣僚は首相の指示に従うか、それができなければ辞任すべき立場であり、首相が閣僚を罷免することもできる。別の党であっても、好き勝手に首相や内閣の方針を批判することはできない。

亀井氏は当初入閣せずに閣外で発言権を持つ腹づもりだったようである。いかにも自民党古参議員らしい発想であり、また彼らの勢力拡大のためには正しい戦略だが、それを許さなかったところに民主党の本気度が伺える。民主党が改革に本気で取り組むためには、社民・国民新の両党が閣外から政府を批判して足をひっぱることを絶対に許してはならない。

社民党と国民新党には、民主党の足を引っ張る強力な動機がある。
今回民主党が彼らと連立を組むほとんど唯一の理由は、参議院で過半数を取れていないことである。自公も民主も過半数を取っていない今の参院は、社民・国民新党にとって最高の状態である。しかし来夏の参院選で民主党が勝って過半数を取れば、社民・国民新の交渉力はゼロに等しくなる。仮に両党が議席を伸ばしても、である。民主党が過半数を取ってしまえば、社民党の議席数が5だろうと6だろうと、関係ない。
両党は、民主党に参院選であまり大勝してもらっては困るのだ。だから福島党首は、今回の衆院選でも「民主党一人勝ちは危険」と牽制していた。したがって両党は、民主党の勝ちが見えてきたら、政権を支えて埋没するよりは、適度に民主党を批判して独自色を出そうとするだろう。それにメディアが喜んで飛びつく。「同床異夢の連立内閣、早くも不協和音」といった見出しが目に浮かぶではないか。
民主党はそれが分かっているので、なるべく内閣に取り込んで押さえつけようとしている。おそらく、副大臣や政務官のポストもいくつか両党に提供するのではないだろうか。そうやって中に取り込んだほうが、押さえが利く。

社民党・国民新党としては、来年の参院選をにらんで、交渉ポジションが強い今のうちにどんな交渉をしておくのがベストな戦略なのか、なかなか面白いところである。純粋に党勢拡大だけを目的として考えるならば、目立つ主要閣僚ポストはほしいだろうが、目立たない副大臣などで送り込むよりは、閣外でフリーハンドを得て内閣と距離を取った方がよいかもしれない。

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2009/09/05

統治機構を考える(その8・完?):政治制度は、ガバナンスの仕組み

政治システムとはガバナンスの仕組みであると、私は思っている。
国民が一部の人たちに権力を委託して、国民が望むことをやってもらう、そのための仕組みである。(当たり前と言えば当たり前だが。)

そこで重要となる視点は、企業やNGOなど世の中のあらゆる組織のガバナンスを考える際と、基本的に変わらないと思う。

誰が誰を選ぶのか、したがって誰は誰に対して責任を負うのか、不正や権限の濫用は誰がどうやってチェックするのか、といった、あらゆる組織に共通するごく当たり前のことである。そして、その視点を通してみれば、基本的な組織論が分かっている人であれば、政治システムの成り立ちとその問題点はすっきり理解できるはずなのだと思う。

ところが私がこれまで目にしてきた政治制度の教科書や一般向け解説書で、こうした視点で書かれたものは皆無であった。ほとんどが、憲法の規定をなぞるように教えるものだから、何が重要なポイントか、全く伝わってこない。
「国会には、通常国会・特別国会・臨時国会の3種類があって、、、」などという、はっきり言って普通の人にとってはどーでもいいような枝葉末節から解説して、覚えこませようとするから、ちっとも面白くない。その一方で、党議拘束のような、憲法には書かれていないけどガバナンス設計においてクリティカルな要素にはほとんど触れない。
また、三権の関係を「分立」一本槍で説明しようとするから、議会と政府の一体性や、そこから派生する党議拘束の必要性、マニフェストの意味などが理解されない。

大統領制と議院内閣制の決定的な違いは、誰が行政府の長を選ぶかにある。ここまでは誰でも知っている。その違いは、言い換えれば、行政府に対するガバナンスの経路のあり方である。大統領制は国民が直接大統領を統御するのに対し、議院内閣制は議会を経由する間接的な統御である。
そして、その他の制度上の違い(大統領の拒否権や、議院内閣制の議会による内閣不信任)は、その2~4で見たように、突き詰めれば全てこの「誰が政府の長を選ぶのか」という一点の違いに帰着するのである。ところが多くの解説書は、この基本的な意味を確認することをすっ飛ばし、相互の関連を説明することなく、表面的な違いを羅列することに終始する。だから日本では、民主主義の制度の根本原理が全く理解されていない。そして、議院内閣制の日本において「党議拘束を全廃しよう」とか「首相公選制を導入しよう」と言った暴論が出てくるのである。

民主主義の制度という全ての国民にとってとても大切なことに関して、このようなつまらない教科書ばかりが流布し、その結果正確な理解が共有されないというのは、とても問題だと思う。


大して推敲もせずに書いてしまったので読みにくかったと思うが、いつかもう少しきちんと平易に書き直したいと思う。

今回で「統治機構」シリーズは一応終わりにしようと思っているが(お付き合いくださった奇特な方、ありがとうございます!)、気が向いたら、その1の後半に挙げた諸説へのコメントを書くかもしれない。

特に首相公選制は、ガバナンスの視点から面白いテーマである。先に首相公選制を「暴論」と述べたが、かなり緻密に制度設計すれば、全く不可能なことではないと思う。しかし、ただ首相の選び方を国民投票にすればいいと考えているとしたら、それはやはり暴論である。
首相公選制は、議院内閣制における首相を、大統領のように国民の選挙で選ぶ、混合型のシステムだ。その2で提示した図に即して言えば、首相につながる赤い矢印が国民からも議会からも出ているという、よく分からない制度である。それが極めて難しい隘路を通る制度設計にならざるを得ないことは、その2~4を読んでいただければ、想像がつくだろう。
首相公選制は、首相が国民と議会のどちらに直接責任を負うのか、極めてあいまいな仕組みである。例えば、国民投票で選ばれた首相が作った内閣を、議会は不信任によって総辞職させることができるのだろうか?野党の人が首相になったら、与党はみんな反対するから法案が一つも通らないのではないか?そうならないようにするために、党議拘束を無くすのか?等々、疑問点がいくらでも出てくる。そしてこれらを全て変えていくと、結局、大統領制に行き着いてしまうのである。

ちなみにフランスの大統領制は、大統領制と議院内閣制を巧妙にミックスした稀有な例であり、首相公選制を考える上でも参考になる。

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2009/09/02

統治機構を考える(その7):数年以内に参議院改革論議が本格化する

今回の衆院選は、得票率47%*に過ぎない民主党が全体の64%の議席を取る小選挙区制の恐ろしさを遺憾なく見せ付けた。民主党の大勝で、二大政党制がようやく形を見せつつある。

*小選挙区での得票率。比例では42%

既に広く指摘されているように、来年の参議院選挙は、政権交代劇の最終決戦となる。民主党は現在参議院で過半数の議席を有していない(だから民主党は、衆院選の議席に関わらず社民党・国民新党との連立を組む方針を表明していたのだろう)。

来年の参議院選挙に勝てば、民主党はその後3年間(次の参議院と衆議院の任期が同時に来る2013年まで)政権を握ることが確定的になる。逆に民主党が議席を減らし、自民党と公明党が過半数を獲得すると、国会はこれまでとは逆の「ねじれ」を抱えることになる。もしも自民党が大勝すれば、政界再編の動きが出てくるだろう。次回参院選は、自民・民主の二大政党制が定着するか、混沌の時代に突入するかの分水嶺となる。

このように考えたとき、来年の参院選後、早ければ来年中、どんなに遅くとも10年以内に、参議院の抜本改革が政治改革の最重要課題の一つとして浮上してくるだろうと予想できる。今の参議院は、二大政党制のもとでは「ねじれ」を日常化させるからである。


先に述べたように、来年の参院選でもしも自公が勝てば、国会は「ねじれ」になる。しかも衆議院での議席は、民主・社民・国民新党を足し合わせても、再議決に必要な3分の2に達しない。3分の2を握っていた自公政権でさえ、「ねじれ」の下での国会運営は至難だったことは、福田・麻生両政権の経験が教えてくれている。民主党政権の改革モメンタムは急速に衰えるだろう。

もちろん、民主党はそれが分かっているので、次回参院選は死に物狂いで勝ちに行くだろう。民主党が勝てば、その後3年間は選挙が無い(民主党が衆議院を解散しない限り)ので、この間政権は安定する。しかしその後はどうか。更にその先はどうか。「ねじれ」の懸念は永遠になくならない。衆院と参院の任期は、ずれており、双方の選挙の間に移り気な有権者の支持が動くことは、いつでも起こりえるからだ。

そうなると、そもそもこの「ねじれ」というものを引き起こす二院制とは何なのか、という議論が必ず起こる。そして、第二院である参議院の存在意義がチャレンジされることになる。

実は日本の参議院は、諸外国と比較しても権限が強い。同じ議院内閣制でも、イギリスの上院は反対しても審議を多少引き延ばすだけで結局下院の議決が通るし、ドイツでは連邦議院の賛同が必要とされる法律は限定されている。全ての法律に参議院の議決(又は衆院での3分の2の再議決)を必要とする日本の二院制は、実は例外的なのである。**ちなみにアメリカも上下両院の議決が必要だが、アメリカは党議拘束が無く、法案ごとに賛否が変わるので、与野党に分かれてスタック、という事態は起こらない。

** 大山礼子 国会学入門 第2版 三省堂


参議院改革はもうずっと前から続いている政治テーマであり、参議院廃止論者も多い。廃止論者によれば、「参議院は、衆議院に一致するのなら不要だし、反対するのなら有害である」とされる。つまり、衆参が一致している間は「不要論」しか出てこないが、それが一致しない「ねじれ」状態では「有害論」が起こるのである。これは大きな違いである。

「ねじれ」とそれがもたらす政治の停滞の問題を構造的に解消するには、二つの方向が考えられるだろう。一つは参議院の権限を弱めて衆議院のみで可決できる議案を増やすことだが、これには憲法改正が必要になってしまうので難しい。もう一つは参議院のみ党議拘束を弱めることで、これには法的な障害は何も無い。しかし今の政治システムで党議拘束だけ弱めると政権が不安定になるので、政権与党はそれをやらないだろうし、「ねじれ」を利用して政権を攻め立てたい野党もやらないだろう。さてどうするか。

実現可能性はともかくとして、個人的には参議院は、①衆議院とは別の構成になるように代表の選び方を変えて、かつ②権限を制限するようにしたらよいのではないかと思う。①に関しては、世界的にはアメリカやドイツのように人口に比例しない地域代表にする(カリフォルニア州もアラスカ州も、上院議員の数は同じ)という例が多いが、日本で最大の利害対立は世代間だと思うので、例えば世代別選挙区を設けるのも一案だろう。

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