2009/10/24

人口ボーナス - アジアの経済成長をもたらしたもの

人口学の分野には、「人口ボーナス」という考え方がある。
社会・経済が発展する過程で、出生率が急激に低下して一時的に生産年齢人口の割合が向上することにより、経済成長率が高まる現象のことである。日本やそれに続くアジア諸国の経済発展は、この人口要因によってかなりの程度説明できるとも言われている。

日本の場合を具体的に見てみる。
1950年代~60年代は日本経済が年平均10%以上の成長率を達成した高度成長期である。この20年間で労働力人口(15-64歳)は43%(2,200万人)も増えた。分かりやすいモノへの欲求が強かった時代、供給さえ増加すれば、旺盛な需要に支えられて経済はいくらでも伸びた。

その影で忘れられがちだが、この間に出生率が劇的に低下している。日本の出生率低下は実は意外に早く、ベビーブームピークの1949年の4.32から、57年の2.04まで、たった8年間で半分以下にまで急落している。絶対数でみても、出生数は49年の268万人から57年の157万人まで激減した。(資料:内閣府)。

これを単にベビーブームの反動ということはできない。その後の出生率最高値は、1967年における、たった2.23である。1957年(昭和32年)の出生数は157万人は、なんと50年ぶり(1906年・明治39年以来)の低水準であり、その後は団塊ジュニアが生まれたわずかな期間を除き、200万人に達したことはない。

出生数と出生率

※戦時中のデータは欠落している


少子化と高齢化は、同時に到来したわけではない。先に来たのは、実は少子化であり、それから高齢化までの間には大きなタイムラグがある。

日本の人口構成の推移

人口構成をみると、1950年から70年までの間に、子供の割合は35%から24%まで、10ポイント以上低下した。
一方この間、高齢者の割合はほとんど増えていない。なぜかというと、人口拡大局面では、世代を遡るほどもともと生まれた数が少ない。また、当時は乳幼児や若年死亡率が高かったので、65歳まで生きられる人の数も今より少なかった。更に、医療技術が未熟で高齢者になってからの余命も短かった。だから、高齢者はまだあまり増えなかったのである。増えたのは、労働者世代である。特に1960年代には、団塊の世代が労働市場に流れ込んだ。

その結果、1960年代から1990年代頃まで、生産年齢人口の割合がその前後の時代よりも多い、という特殊な状況が生まれた。生産年齢人口の割合が大きい社会とは、高齢者や子供等の社会的弱者への負担が小さい社会である。また、労働者は貯蓄者でもあるから、生産年齢人口の割合が高ければ貯蓄率も高くなる。高い貯蓄率は社会資本や生産設備への投資を可能にし、経済成長を支えた。社会的強者が多い特殊な状況で、みんながよく働きよく貯蓄し、貯蓄は投資され、その結果として、経済が大きく伸びた。これが「人口ボーナス」の考え方である。

重要なことは、このボーナスはやがて必ず終焉するということだ。言うまでもなく、ボーナスをもたらす一要素である出生率の低下は、将来の生産年齢人口の低下に直結するからである。

やがて苦しい時代が来ると分かっているならば、一時のボーナスに浮かれることなく、将来に備えて貯金しておかなければならない。しかし日本は、それをせずに公共事業や社会保障の大盤振る舞いをした。その結果が、日本の国家・社会保障財政の現在の有様である。

日本に遅れて高い経済成長を実現した韓国・台湾・香港・シンガポールは、すべて出生率が現在の日本(1.3弱)よりも更に低く、1.1~1.2程度しかない。そして高成長を謳歌している中国でも、少子化が進行している。ためしに韓国と中国の人口構成の推移を見てみると、やはり成長率の高い時期は、生産年齢人口の割合が高い。そしてこれから人口減少・高齢化時代に突入する(中国も2030年代には人口減りはじめると予測されている)。これらの国々は、何も手を打たなければあと20~30年で深刻な事態に直面するだろう。

韓国の人口構成の推移


中国の人口構成の推移
http://www.stat.go.jp/data/sekai/02.htm#h2-03


アジアの国々は、日本の教訓を生かせるだろうか。シンガポールが医療費の強制貯蓄口座制度を導入していることは、その意味で興味深い。

先日、中国の医療政策に深くかかわっている中国系アメリカ人の学者と話す機会があった。この方曰く、中国当局は医療財政設計において、ほとんど高齢化シミュレーションを織り込んでいないとのことだったが。。。

なお、東アジア諸国が総じて貯蓄率が高く、経常収支が黒字である(=外国から借金をしていない)ことは救いである。将来貯蓄を取り崩すバッファーがあるからである。アジア諸国の貯蓄率が高い理由には、文化的要因等も挙げられるが、多くの国が人口ボーナスの局面にあるということも大きい。


余談だが、人口学の世界では、いまだに15-64歳を労働力とみなすのが一般的らしい。高校進学率が100%近い日本で15歳が「労働力」というのもおかしな話だが、今回はその慣例にしたがった。

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2009/10/16

「無利子国債」は機能しない

「無利子国債」なるものに鳩山総理が興味を示していると、今日の新聞に載っていた。利子がつかない代わりに、非課税で相続できるというものらしい。

首相、無利子国債に関心? 学者らとの懇談、話題に

 鳩山由紀夫首相が14日、首相官邸で開いた学者や民間エコノミストとの懇談会で「無利子国債をどう思うか」などとたずねていたことが分かった。複数の出席者が明らかにした。無利子国債は利子をつけない代わりに、購入者の相続税を免除するしくみ。個人の国債購入を促して財源を調達できるという見方もあるが、資産家優遇との批判も根強く残る。
 懇談会には東大の伊藤元重教授やみずほ総合研究所の中島厚志氏ら6人が招かれた。昼食を取りながら経済成長戦略の必要性などを議論したが、首相はそのなかで無利子国債の効果などをたずねたという。ただ参加者の多くは「財政再建にはつながらない」と消極的で、議論は深まらなかったようだ。
Nikkei Net 2009.10.15



記事によれば参加者の多くが消極的だったとされる。私もこのアイディアには反対である。というか、こんなもの真面目な議論に値するとは到底思えないのだが、ウェブで調べてみると結構提唱者がいるらしい。当時海外にいたので知らなかったが、自民党政権末期にも、政府紙幣と並行して検討されていたそうである。
そこで、頭の整理のために、ちょっと検討してみた。

この無利子非課税国債、一体どこが問題なのかと言うと、、


①死ぬ間際の売買による節税が横行する

この国債をいつでも売買できるのであれば、死期が近づいてから購入し、相続と同時に売却することで相続税をバイパスする節税が横行するに決まっている。

突然の事故や心臓発作等の場合を除けば、死期はある程度の準備期間を持って予測できる。例えばある富豪がガンで余命3ヶ月と宣告されたとしよう。彼は即座に全財産をこの無利子国債に換えるだろう。金融資産だけでなく、土地も美術品もいったん全部売り払ってしまい、所有権だけ移転してから借り直すスキームを組み、相続後に買い戻す契約でも結んでおく。3ヶ月後に全財産を無利子国債の形で相続した家族は、若くて健康であれば、すぐさまこの国債を売り払うだろう(死期が近くないのに無利子の国債を持つのは不利だから)。そうやって合法的に相続税をゼロにできる。こんなバカな話があるだろうか。
(実際、1950年代にフランスで同種の国債が発行され、こうした行為が横行したらしい。)

市場での売買を制限すれば別だが、流動性が低くなれば価値が下がるから、それも難しいだろう。


②消化できる国債額は微少

この無利子国債は相続の瞬間のごく短期間だけ保有していればいいから、たいした額を消化できない。

まず、この国債を買う可能性があるのは一部の上流家庭だけである。日本で相続税の課税対象となるのはかなりの資産家に限られ、年間110万人の死亡者数の4.2%(4.6万人)に過ぎない(財務省HP)。低・中流家庭や機関投資家は、相続税を払う見込みがなく、免税のメリットを受けられないので、誰も無利子国債を買わない。利子付きの方がいいに決まっているからだ。

さて、日本のお金持ち世帯で相続されている課税対象資産は毎年約10兆円、税収は1.2兆円である(財務省HP)。
先ほどの例ように、全財産を国債に換えてからすぐに亡くなる、というのはさすがに極端なので、ここでは平均して資産の半分を死亡する3年前に国債に換えると仮定しよう。すると、制度導入当初は10兆円÷2×3=15兆円の国債の需要が生まれることになる。しかし、購入者が死亡して国債が子供に相続されれば、子供達はこれを直ちに売却する。その後の人たちは、こうして売りに出た国債を市場で買うことになる。つまり最初に発行した15兆円が次々に転売されてぐるぐる回ることになる。その後新しく国債を発行しようとしても市中に十分な供給があるから新発債に買い手はつかない。額面から割引いた価格で発行すれば話は別だが、それは「利払費を抑える」という目的を考えれば本末転倒である。またそもそも、新規需要15兆円の中には、既存国債を売って無利子国債に換える部分も含まれるだろうから、国債全体に対する需要の純増分はもっと小さい。

現在、日本の国債残高は680兆円ある。これからもっともっと増える。そのうちのたった15兆円(全体の2%)が無利子国債に変わったところで、利払い費はほとんど減らない。焼け石に水である。


もっとそもそも論を言えば、相続税を免税することで利払費を減らす、という発想自体に根本的な無理がある。
この無利子国債は、利子付きの普通の国債を買うよりも有利だと思った人しか買わない。つまり、本来受け取れるはずの利子の額よりも免税メリットの方が大きいと思った人のみが買うのである。ということは、国の側からすると、節約できる利払い費の額よりも、取り逃す相続税収額の方が必ず大きくなる。
もちろん個別のケースでは、どちらが大きくなるかは、保有者が死亡するタイミングによって影響を受けるので、不確実性がある。国債購入者がみんな必ず得するとは限らない。しかし①の余命3ヶ月の富豪の例のように、購入者が得すると確信して行うディールもかなり出てくるはずだから、トータルで政府が得することはどう転んでもあり得ない。


以上のような明らかな問題点があるにも関わらず、この無利子国債という代物がマジメに議論されているというのは一体どういうことなのだろうか。。。
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2009/10/10

【読書】 英国大蔵省から見た日本

eikoku okurasho

英国大蔵省から見た日本
木原誠二
文春新書
2002年


財務省から英国大蔵省に出向した著者(その後自民党衆議院議員となり、現在は落選中)による、英日比較論。

特に第3章が、個人的には面白かった。イギリスの議院内閣制の眼目は議会多数派と内閣が一体となった権力集中にあるとこれまでにも述べてきたが、その概念がここでは「選挙による独裁 elective dictatorship」として紹介されている。現在、民主党は英国型政治システムを導入しようとしているので、その意味でも参考になる。今回政府に入れなかった民主党議員からは、自らの意見を反映させるチャネルが少ないとの不満が出ているが、これはイギリスにも共通する現象らしい。

現場の目からの話には、学術書とは異なる説得力があり、大変勉強になった。例えば日英の行政官のマインドの違いとして、英国の行政官は現政権に仕えることが職務と考えられているのに対し、日本では官僚は「全国民の奉仕者」と考えられており、それは一面の真実だが、官僚が政治家を「個別利益の代表」として軽視する風潮を助長しているとする考察などは、現職官僚(当時)ならではの視点で、鋭い。

民主党の統治機構改革がどんな方向に進んでいるのかを占う上で役に立つ一冊である。
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2009/10/04

構想日本の事業仕分け

構想日本」とは、行政刷新会議の事務局長に就任する旧大蔵省出身の加藤秀樹氏が立ち上げたシンクタンクであり、その看板事業の一つが「事業仕分け」である。

加藤氏の起用に関する新聞辞令が出て以来、構想日本には問い合わせが絶えなかったそうで、先週の金曜日に事業仕分けに関する説明があったので、それに参加してみた。

事業仕分けとは、様々な公的事業を必要なものと不必要なものに分け、必要なものはどこがやるべきか(国か地方か民間か、といった具合に)分けるプロセスである。行政のムダを省いて予算を捻出すると約束している民主党にとっては心強い切り札のような存在だ。と言ってもこの事業仕分け、複雑な理論や特別な秘訣があるわけではなく、事業の要否を判断する基準・ガイドラインようなものも作っていない。一つ一つの事業を丹念に見て、常識に照らして判断していくという、地道な作業であり、それを公開の場で行うというところがミソだそうだ。

加藤氏の講演は、ちょうど10年前に一度聞いたことがある。大学生の頃に参加した政策イベントに、構想日本を立ち上げて間もない加藤氏が講師として招かれたのである。講演の内容はほとんど忘れてしまったが、一つ、印象に残ったことがある。


当時から私は「霞ヶ関に対抗できる民間シンクタンクは可能か」という点に強い関心を持っていた。たった一人で大蔵省を飛び出してシンクタンクを作った彼が、圧倒的なリソースを持つ霞ヶ関には出せないバリューをどうやって出していくつもりなのだろうか。彼はまさにこの私の疑問、そしておそらくそれまでにも様々な人から何度も向けられたであろう疑問に、講演の終盤で触れたのである。


何かすごい秘策があるに違いない!それが今から開陳されるぞ!

私が期待に胸を膨らませて固唾を呑んだ瞬間に、彼が口にした言葉は、

「それは思いを強く持つことです」

だった。


「せ、精神論ですか・・・・。」


政策や改革とは、何かとても知的な作業であると思い込んでいた青い私は、その答えにずいぶんと落胆したものである。当時の私には、加藤氏は竹槍で戦闘機に突っ込むドン・キホーテのように映った。

しかし今になって思う。やはり大事なのは、ハートであり、志であり、覚悟だったのだ。

事業仕分けは、30-40人の「仕分け人」と呼ばれる人々(多くは自治体職員)が手弁当で集まって、自治体の予算を一つ一つ見ていく作業である。金はかかっていないし、特別なスキルも必要ない。しかし実にうまく設計されており、積み重ねていく中で、ノウハウが蓄積され、大きな効果が出せる仕組みになっている。

言うは易く、行うは難し。それをここまでやりぬき、実績を積み重ねることができたのは、着想や戦略の正しさもさることながら、やはり志があったからだろう。加藤さんは説明会の中で、ウサギとカメの寓話に触れた。大切なのは、地道な積み重ねと継続。
加藤さんと構想日本の方々には、是非とも、がんばっていただきたい。


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