2010/03/21

【映画】アバター

川崎のIMAXシアターで観ました。

この映画の見所は、やはり映像美だろう。同じジェームス・キャメロン監督が1991年にターミネーター2で活用した映像技術も当時としては衝撃的でしたが、今度のAvatarと比べれば児戯に見えて来る。

ストーリーの設定は、ケヴィン・コスナーのDances With Wolvesによく似ている。以下のような、展開の基本構造が同じである。
・美しい自然の中で、自然と調和して生きる人々
・そこに傍若無人に押し入って自然を破壊し、先住民と対立する白人達
・しがない主人公は先住民世界に送られた白人。自然の中での生活や先住民との交流の中で自己を再発見し、やがて先住民側の一人と恋に落ちる
・やがて白人達が攻めてきて、主人公は先住民側に立って戦う

Avatarに登場する地球人は、ヒスパニック系のMichelle Rodriguez以外の主要キャストは全員白人である。エキストラも白人ばかりだった(と思う)。他方、Navi(先住民)の主要キャストは全員黒人かNative American。この配役が、白人による植民地化の歴史を念頭に置いてなされたことは間違いないだろう。


ただし、勧善懲悪の分かりやすいヒーローアクションになっている点はDances with Wolvesとは大きく違う。一緒に観に行った連れは、ストーリーはコテコテのハリウッド映画と苦笑していた。

私も同様の感想を抱いたのだが、思いかえすとDances with Wolvesが公開された1990年当時、それは「西部劇ではインディアンは悪役と相場が決まっていたハリウッドの常識を覆した」「植民地支配に対する真摯な反省」などと喝采を浴びていたものである。それと同じ構図の設定が、いまや「コテコテのハリウッド映画」と言われてしまうのだから、隔世の感がある。20年ほどの間に、欧米至上主義の発想はずいぶん薄れたのだなぁ、と感慨にふけってしまった。

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2010/03/04

中東旅行5日目:アンマンからエルサレムへ

アンマンでは、街中でよくヨルダン国旗を見かけた。

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ヨルダンでの最終日は、先日写真を載せた郊外のショッピングモールで買い物をし、フセイン王公園という広大な公園をのぞき見たあと、エルサレムに戻るためイスラエルとの国境に向かった。今回はちゃんとバスターミナルの名前(Tabarbur Station)をアラビア語で書いてもらい、無事到着。「セルビス」と呼ばれる乗り合いタクシーに乗り込む。5人乗りの車で、乗客が4人集まったら出発する仕組みのようだ。僕は後部座席の真ん中で両脇を大柄なアラブ男に挟まれ、ひざの上で荷物を抱えた。国境のKing Hussein Bridgeまで5JD(650円くらい)。ちなみにこのヨルダン川にかかる橋はイスラエルではAllenby Bridgeと呼ばれている。Allenbyは英国の将軍で、テルアビブ市内の大通りにもその名を残している。

本当に国境に行くのか確認のために、隣の男に“Are you going to Israel?”と聞くと、“Palestine”と返された。そうだった。パレスチナ人にとって、ヨルダン川西岸は断じてイスラエルの一部ではないのだ、という当たり前のことを思い出し、当然のようにイスラエル?と聞いた自分を恥じる。

King Hussein Bridgeの国境の審査は、エイラートで渡った国境よりはるかに厳しい。そもそもイスラエルから出国するより入国するほうが厳しいということもあるが、それ以上にこのヨルダン川西岸地区はその帰属が極めて微妙な地であることが大きい。現在はパレスチナ自治区だが、国境の審査をするのはイスラエル政府である。国家承認とか、実効支配とか、むかし国際法で学んだことが、ここでは生のケースとして進行している。

さて、タクシーが到着すると、僕以外の3人の乗客たちは次々と荷物をセキュリティチェックにかけ、何か尋問のようなものを受けている。僕もその列に並ぶと、お前は違うからあっちへ行け、と別の方向を指示される。どうやら国境のゲートがパレスチナ人用とその他の人用とに分けられているようで、タクシーはパレスチナ人用のゲートの方に着いたらしい。指示された建物でヨルダンの出国審査を受け、しばらく待った後バスに乗せられた。

ヨルダンの国境審査地点とイスラエルの国境審査地点の間にはヨルダン川を含めて4kmほどの緩衝地帯が横たわっているので、バスで移動するのだ。これもこの地帯の両国の緊張関係を象徴しているのかもしれない(ちなみにエイラートではこの距離は100mほどだった)。
なおこの緩衝地帯の中にも、こんな感じの羊飼いが居た(この写真自体は、ぺトラ遺跡の近くで撮影)。
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こうして昔ながらの遊牧生活を続ける人にとって、国際紛争はどう映るのだろうか。。


イスラエル側に着くと、トランクを預けさせられる。荷物はベルトコンベヤーで別室に運ばれ、全てではないと思うが、イスラエル人の係官が開けて中身をチェックしているのが見える。かなりの数の役人がいる。ほぼ全員若いので、兵役だけでなくこういう仕事に従事するケースもあるのかもしれない。入国審査でまた尋問を受けるが、もう何度目かなので慣れてきた。荷物の審査が終わるまで長いこと待たされた挙句、ようやく通過。あとはバスでパレスチナ自治区を抜けて、すんなりエルサレム旧市街まで。


二度目のエルサレムでは、オーストリア系ホステルのドミトリー(Hotel Austria)に宿泊。とてもきれいなところで、屋上からの眺めが最高!ほぼ360度見晴らしがよく、エルサレム旧市街が一望できる。

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宿泊客はほとんどがドイツ語を話す白人(ドイツ人なのかオーストリア人なのかは僕には見分けがつかない)。ドイツ人って以前はなんか怖そうな印象を持っていたが、2年前に実際にドイツに行ってみるととても優しくてナイスな人たちが多い。ドミの同室になったおじさん達も、とても親切だった。



ちなみに、旅行記はあと1回くらい書こうと思いますが、約一週間の小旅行を終えて先週末に無事に帰国しました。
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