2011/01/13

世代会計の誤解 ‐ 「75歳以下はみんな損する」のウソ

元旦の日経新聞に世代会計のグラフが掲載された。

図1

これを見て「75歳以下の人はみんな損するのか!」と驚いた人も多いかもしれない。下記は、ネットで散見されたそんな声の一部である。

社会保障の損得は75歳が分かれ目

1/1(土)の日経朝刊の3面に社会保障の世代ごとの損得を世代会計に基づいて算出された損益の図がありました。
(中略)それによれば損益分岐点は75歳です。今のままの賦課制度が続く場合、75歳以下の全ての世代で純負担の赤字。

これはハッキリ言ってショックです。これまでの私の認識では、少なくとも公的年金の収支はプラスであるという認識でしたが、全体の社会保障ではマイナスです。これは医療や介護も社会保障の対象であることと、公的年金のうち厚生年金は企業と従業員で折半ですが、実際は従業員の給与が削減されることにより負担していると考えれば、従来の楽観的評価も変わってくるものだと言うことです。(後略)



世代会計という考え方の意味するものは?

(前略)団塊の世代は3千万円近く支払い超過。この世代が国から狙われていることが良く分かる。老人は圧倒的な受取超過。20歳台30歳台は2千万円程度の支払い超過。10歳未満と10歳台はなんと4千万円に迫る支払い超過。

自民政治で歪んだ、既得権の保護政治がこのように現れていると見たほうが自然だ。支払い超過は老人世代が恩恵を受けるのと公金をむさぼる利権に流れている。(後略)


しかしこれは大きな間違いである。
考えてみてほしい。お金を集めて分配するだけなら、支払超過と受取超過は全体で相殺されて、差し引きはゼロになるはずだ。ところが支払超過の方が人数も金額も圧倒的に大きい。これだけ多くの人が支払い超過なのだとしたら、その人たちが払ったお金はいったいどこに消えてしまったと言うのか? (何百兆円もの金額を、全て利権がむさぼれるわけがないではないか)

カラクリは単純で、世代会計で計算される「支払」の側には、社会保険料に加えて様々な税金の支払分が入っている。他方、「受取」側には年金・医療や福祉などしか入っていない。しかし政府はそれ以外にも、国防や警察・消防、公共事業など様々な仕事をしている。議会や裁判所からも国民は多大な便益を受けており、それらは全て公費で運営されている。

その便益分を「受取」に足し合わせれば、上の図で若干の支払超過になっている世代のほとんどは受取超過に転ずるはずである。多くの人にとって「支払超過」は錯覚であり、現在最も政治力がある団塊の世代が狙い撃ちされているなどというのは甚だしい誤解である。

ちなみに団塊の世代の負担額が大きいのは所得が高いからである。所得に対する負担割合で見れば若い世代と変わらない(上図の折れ線グラフ参照)。その高い所得は日本の硬直的な雇用慣行がこの世代の雇用と所得を守ってきた結果であり、そのしわ寄せは現在の若者に及んでいる。

なお専門家によれば、世代会計の計算方法は、

「税・社会保険料等は政府が個人から徴収するものですから負担(burden)、年金・医療等の給付(移転支出)は個人が政府から受け取るものですから受益(benefit)となります。

 この負担から受益を引いたものを純負担額(世代勘定)であり、それを年齢別に推計したものが世代会計です。」

「政府支出のうち、なにを政府から個人への「移転(transfer)」と考えるかで、世代会計の大きさが違ってきます。ちなみに、わが国の世代会計の試算(特に、内閣府の試算)では、「教育支出」や「社会資本ストックからの便益」を「移転=受益」として含む場合があります。」


とのことであるが、

「年金・医療等の給付」と、他の支出にも広く使われる「税・社会保険料等」との比較は、端的にApple to Orangeであって、論理的に正しいアプローチであるとは思えない。「受取」が社会保障なのであれば、「支払」側も社会保障費を賄うための負担に限定して計算しないと、意味のあるApple to Appleな比較にならない。

もっとも、これは現実的には難しいのだろう。
「受取」側は年齢ごとの受給額データがあるので問題ない。問題は「支払」側である。年金も医療も介護も、個人が支払う保険料だけで賄われているわけではなく国庫負担分、すなわち税金が投入されている。お金に色は無いので、各世代が払った税金のうちのいくらが社会保障に使われ、いくらがその他の支出に使われたのかは峻別不可能である。したがって、社会保障費の国庫負担分をどの世代がいくら負担したかは、分からないのである。
社会保障の支払いを切り分けられないのであれば、「受取」「支払」双方とも、社会保障以外も全て含めて計算したらどうか。「受取」側は、国防や警察のような公共財は全国民が平等に便益を受けたと仮定して、単純にその年の支出額を世代ごとの頭数に応じて割り振ればよいだろう。しかし実はまたも「支払」側が問題となる。法人税のような税金は、いったいどの世代がいくら負担したのかよく分からないので、割り振りようが無いのだ。
ということで、個人に紐付けやすい所得税や住民税・社会保険料などの「支払」と社会保障関連の「受取」だけを計算する、というのは(論理的には正しくないと思うが)やむを得ない妥協策なのかもしれない。

しかしこうして作られた数字は、極めて有害な誤解を生む。
Apple to Orangeを差し引きした純負担の絶対額にはほとんど意味が無い。意味があるのは世代間の相対的な差だけである(これもかなり問題があると思うが、参考にはなるだろう)。ところが多くの人は自分の世代の純負担の絶対額にまず着目し、本当は受取超過である世代を含め、皆が「自分は国家から搾取された被害者だ」と思い込むのである。
自分が受取超過だと言うデータを突きつけられれば、多少の負担増・受益減も仕方ないと思えるかもしれない。しかし既に支払超過と言われれば、「これ以上の年金減額などとんでもない!」と思うのが人情である。(経済学が仮定するように)人は皆利己的である。顔の見えない将来世代の天文学的な負債額などよりも、「自分の世代は得するのか損するのか」ということの方が、多くの人にとって、よほど重大で切実な関心事なのである。冒頭で紹介した記事は、それを如実に表している。

世代会計の研究者は皆、世代間格差に強い問題意識を持っているだろう。しかしそれを啓蒙するために作成されたはずのデータが、中高年世代をいっそう既得権にしがみつかせる方向にミスリードしているとしたら、これほど皮肉なことはない。

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2011/01/12

【読書】孫は祖父より1億円損をする 世代会計が示す格差・日本 (朝日新書)



世代会計についての一般向け解説書。世代間格差問題について、財政学のみならず政治学や憲法論などの視点も入れて多角的に解説しており、非常によい入門書となっている。例えば、累積している国債・地方債だけでなく、既に政府がコミットしてしまっている将来の年金債務等を加えると財政赤字は膨大な水準になるという指摘は、意外と盲点だが重要である。

ただし、世代会計の概念は解説してくれているものの、実際の計算手法の解説はほとんど付されておらず(一部、資料の出典のみ記載されている)、著者らの推計の妥当性を検証する術が与えられていないのは残念である。「一般向け」ということで詳しい解説は省いたのだと思われるが、ここまで説明が不足していると、数字の信憑性を判断できない。以下に不足点を例示するが、まあ、このような欠陥はありつつも、画期的な良書だと思う。

第1に、読者は世代会計の出来上がりの数字を見せられるだけで、負担と給付に何が入っているのか、全く分からない。例えば、負担する税金はいくらで社会保険料はいくら、その使い道は年金にいくら、国債の償還にいくら、という風に大きな内訳を見せてもらえれば、より実感がわいただろう。

第2に、本書のタイトルにもなっている1億円という数字。これは先送りされる借金をこれから生まれる「将来世代」の数で割ってその現在価値を出しているそうなのだが、この分母である「将来世代」が一体いつからいつまでに生まれる何万人なのか、全く説明されていない。そもそもこのようにある世代を境に負担が一変するという仮定は現実的でないと思うが(将来のある時点において、30歳世代は一億円の借金を一生懸命返しているが、その上の35歳世代は全く返していない、という社会は、政治的にあり得ないだろう)、それをおいておくとしても、分母となった「将来世代」が1年で生まれる100万人なのか、10年で生まれる1,000万人なのかで、結果は10倍違う。これを説明していないのは致命的だと思う。本書では「世代」を5年一区切りで数えているようにも読めるが、仮にそうだとすると、溜まりに溜まった借金を5年間に生まれた世代のみに集中させるという仮定は現実的でないだろう(その後に生まれる世代にも薄く配分されるはずである)。

(2009年6月)

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