2011/11/28

【読書】 ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録



安宅産業、イトマン事件、銀行大合併、UFJ争奪戦、郵政民営化..高度成長期以降の日本の主だった経済事件にこれほど多く当事者として関わった人は、「不良債権と寝た男」の異名を付けられた著者をおいてほとんどいないだろう。名前はぼかしているが、後に不正会計が発覚する三洋電機についても、その何十年も前に既に売上の水増しのような操作を行なっていたことが明かされている。

郵政改革を後退させた政治家達に対しては、強い憤りとともに反論している。
東京駅前の中央郵便局跡地には高層ビルが完成しつつある。鳩山邦夫元総務大臣の主張で保存部分を増やした低層階は、今は覆われていて見ることができないが、権力をおもちゃにした大臣の愚行の証として、後世に語り継がれるのだろうか。

著者には権謀術数を駆使する妖怪のような印象を持っていたが、語られる内容は意外と常識的で真っ当なものだった。本には書けない黒い話もたくさんあっただろうし、その意味ではきれいごとを並べただけとも言えるが、批判を恐れずに矢面に立ち、著者なりの筋を通し続けるリーダーシップ、決断力、行動力により、日本経済に残した功績は大きかったと思う。

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2011/11/25

【読書】 ドキュメント東京電力 ― 福島原発誕生の内幕 田原総一郎




こんにち電力業界と政府(経産省)はべったり癒着していると批判されているが、1980年に書かれた本書では、両者がむしろ長きに亘って熾烈な争いを繰り広げてきた歴史が明らかにされている。いま問題視されているエネルギー政策や原発推進、「やらせ」の舞台となった住民との対話などの源流を知る上で貴重な資料である。


国と電力会社との最初の闘争は電力の国家統制を巡って起こった。明治時代に興った電力産業は基本的に民間中心だったが、大恐慌を経て軍の暴走が深刻化し、統制が強まる中、電力も国家の管理下において安定・安価な供給を確保すべきだという議論が起こる。電力会社と政党政治家は猛反発したが、結局は軍の影響力が強まる大勢に押されて1938年の議会で電力国管法が成立し、翌39年に民間の電力会社は全て日本発送電(日発)という国策会社に統合されてしまった。同じ議会で国家総動員法も制定されており、要するに電力国管化はいわゆる1940年体制完成の一環だったと言える。

ところが官僚主導の日発は停電が頻発するなどの問題が続出して失敗続きとなり、国家総動員体制で無謀な戦争に突き進んだことへの反省と相まって、民間電力会社の間に深い悔恨を刻み込むことになる。戦後、国管化で苦心惨憺を舐めた民間電力会社出身の松永安左エ門と木川田一隆は、財閥解体などの日本弱体化を進めるGHQを抱き込んで、日本発送電の解体と現在まで続く九電力体制を強引に実現する。1951年のことである。ちなみに、解体された日発が大野伴睦をたてて巻き返して設立させたのが電源開発(現J Power)である。

日発解体を許した通産省が再び電力会社を組み敷く契機と捉えたのが、原発だった。技術的に未成熟で巨額の研究開発・設備投資が必要で、リスクもある原子力発電こそは、国家が受け皿となって行うのが相応しい。これは河野一郎と正力松太郎という大物政治家を巻き込んだ争いになるが、正力の執念と電力会社の献金で民間派が押しきり、日本原子力電源という8割民間・2割政府出資の特別会社が担うことになった。

更に、電力国管下を恐れた電力会社は1960年代に相次いで原子炉を自前でアメリカから導入してしまう。これは原子炉国産化への道を狭めるものだったが、それだけ電力会社の危機感が強かったのだ。こうして電力会社は、政界からも官界からもUntouchableな産業帝国を作り上げる(1975年度時点での通産官僚の天下りは、石油会社43人に対して電力会社は8人)。

ところが第一次石油危機の前後から雲行きが変わり、原子力船むつの漂流事故や度重なる事故で原発の安全性に疑問符が付き、全国で反対運動が巻き起こった。これに苦慮した田中角栄政権は1974年に電源三法を制定し、発電所周辺地域への経済支援が強化された。福島第一原発のある福島県双葉郡大熊町は、これを機に県内で最も貧しい町から最も豊かな町へと変貌したという。その財源は電力会社への課税で成り立っており、課税と交付金を掌握することは通産省の巻き返しという側面もあった。
また、同じ1974年には、政界と電力業界の癒着への批判が強まったのを受けて木川田社長が企業献金の廃止を発表していたが、実は個人献金に姿を変えただけだった可能性が指摘がされている*。

また、この頃から、現在の「やらせ」問題につながる電力会社による地域社会へのPR・情報戦、マスコミ広告が格段に強化され、政府の広報予算も急増していく。1975-76年には、年間の広報予算は九電力と電事連で40億円、政府が20億円の合計60億円にも上った。原発反対の機運は、やがて下火になっていく。その後通産省と電力会社は強調路線を歩み始める。


*出所:共同通信

自民個人献金、72%が電力業界 09年、役員の90%超 

 自民党の政治資金団体「国民政治協会」本部の2009年分政治資金収支報告書で、個人献金2 件額の72・5%が東京電力など電力9社の当時の役員・OBらによることが22日、共同通信の調べで分かった。当時の役員の92・2%が献金していた実態も判明した。電力業界は1974年に政財界癒着の批判を受け、企業献金の廃止を表明。役員個人の献金は政治資金規正法上、問題ないが、個人献金2 件として会社ぐるみの「組織献金」との指摘が出ている。福島第1原発事故を受け、原子力政策を推進してきた独占の公益企業と政治の関係が厳しく問われそうだ。

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2011/11/23

【読書】 原発・正力・CIA ― 機密文書で読む昭和裏面史 有馬哲夫




ソフトバンクを日本一に導いた秋山監督が正力松太郎賞に選ばれた。
賞にその名を残す正力松太郎は、日本のプロ野球創設に尽力した功績から「プロ野球の父」と呼ばれるが、それと並んで「テレビ放送の父」「原子力発電の父」とも呼ばれる。本書は、そんな正力と日本の原子力発電の夜明けを辿った本である。

もともと警察官僚だった正力は、虎ノ門事件*の責任を取らされる形で官僚としてのキャリアを断たれた後、借金をして讀賣新聞を買収してメディアに進出する。さらに正力はテレビ放送と通信を一手に握って全国のみならずアジアにまでネットワークを広げる一大構想を描いた(マイクロ構想)。そのためには様々な政府のバックアップが必要(通信事業者免許やアメリカからの借款の取得など)となるため、当初は吉田茂や鳩山一郎を利用しようと試みたがうまく行かず、やがてみずから政界に売ってでて総理としてその構想を実現させるという野望に燃えるようになる。そのとき「たまたまそこにあったのが原子力だった」。

*後の昭和天皇が皇太子時代に狙撃された事件で、弾丸は命中せず、犯人はその場で逮捕されて後に死刑となったた。犯人の父は衆議院議員だったが、直ぐに辞職して閉じこもり、餓死自殺したという。

1953年、原水爆実験でソ連に追いつかれつつあったアメリカは、原子力技術を米国内に抱え込む戦略を転換し、むしろ積極的に西側に供与してその平和利用、すなわち発電への利用を推進しようとした。と言っても旧敵国日本はその援助対象ではなかったのだが、54年3月に第五福竜丸事件が起きて日本国内での反米感情が高まり、これに乗じた左派とその背後にいるソ連が攻勢を強め、空前の反米運動が巻き起こる。反共の防波堤・日本での反米運動を沈静化させるためには、アメリカが核の平和利用を目指して日本を支援するというイメージを日本国民に浸透させる必要があった。そのためにCIAが選んだパートナーが、正力率いる讀賣新聞だった。讀賣はもともと右寄りだし、正力の独裁体制なので話が早く、更に民法で唯一テレビをもっていたので、好都合だったのである。

一方正力の方は、そうして得たアメリカとの特別な関係と、産業界での巨大な勢力になり得る原子力の二本柱によって、高齢での政界入りから一気に総理の座を狙える一大勢力を築こうと目論んだ。無事に当選した正力は、讀賣新聞を使って原子力平和利用推進の一大キャンペーンを張り、また1955年の歴史的保守合同の成立に一肌脱いで影響力を強める。(自由党の大野伴睦と民主党の三木武吉を、双方と仲が良かった正力が料亭で会わせたそうだが、後に2008年に福田自民党と小沢民主党の大連立を手引きしようとした渡辺恒雄の脳裏に、先輩正力のこの動きがあったことは想像に難くない。)

アメリカと正力が仕掛けた「原子力平和利用博覧会」は日比谷公園で行われ、大成功を収めたが、その頃から正力とCIAの関係は冷却化する。55年体制揺籃期の混乱に乗じて正力は一気に総理の座に駆け上がるべく、マイクロ構想や原発での土産を露骨に要求するようになるが、アメリカから見れば、原子炉もアジア全土のメディア網も、かつての敵国日本に与えてしまうにはあまりにも危険すぎた。

アメリカの冷淡な態度に業を煮やした正力は、イギリスに乗り換えて原子炉の導入に漕ぎ着ける。この時、原発の運営主体を民間中心とするか半官半民とするかで論争となり、正力は強引に民間中心(電力9社80%、国20%)へと結論を主導したが、それが元で派閥領収の河野一郎と反目し、政界での未来を断たれる。また、事故発生時の損害賠償をどうするかという問題がその後表面化し、1961年の原子力損害賠償法につながることになる。2008年に書かれた本書でも、「このような矛盾はのちのちまで尾を引くことになった。すなわち、民間主体でありながら、国も責任を負うという二重構造だ」と指摘されている。


本書で描かれる正力は、巨怪というよりも悩みや焦りを持った生身の人間であるが、それでも正力という人物の壮大な構想力と、自ら描いた構想に与党もCIAも引きずり込んでいく実行力、それを裏付ける状況分析力には感心せざずにはいられない。

CIAの内部報告書がここまで詳細に公になっているとはやや意外だった。本書が引用した文書には、CIAの対日情報操作の戦略や日本の政局の見たて、キーパーソンの性格や立場の分析などが実に事細かに書かれており、それらはワシントンの公文書館で見られるとのことである。

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2011/11/20

【読書】 「若者はかわいそう」論のウソ 海老原嗣生




巷に溢れる「若者はかわいそう」論には、不正確な思い込みに基づくものが多いことを指摘し、問題の真相を提示しようと試みた書。非常に多岐にわたる点を論じているが、基本的な見立てはp215にまとめてある。

<今起こっていること>
①円高 → 国内産業の衰退 → 国内製造業を中心とした不安定な非正規社員の増加
②三次産業の拡大 → 自営業の衰退 → 対人折衝業務・大組織での雇用拡大 → ひきこもりの増加
③ベビーブーム → 大学増加 → 少子化 → 大学進学率アップ施策(無試験化)→ 大学増設継続 → 大学生余り・大学生の学力低下 → 就職氷河期
④大卒比率アップ → 非ホワイトカラー職への志望者の減少、人手不足
⑤大卒比率アップ → ホワイトカラーでも中堅・中小企業は不人気で、人手不足は深刻化

<今後起きること>
⑥人口減少 → 国内消費の減少 → 内需産業の長期マイナス成長
⑦作りすぎた大学の破綻



個別にはあまりピンとこない主張もあるが、特に③の指摘は需要である。大学生が就職できなくなったのは、企業が採用を絞って雇用を非正規にシフトしたからだと思われがちだが、著者によれば企業は大卒新卒採用を減らしておらず、就職難の要因は少子化にも関わらず大学生を増やしすぎたことにある。
少子化にも関わらず大学生が増えたので、高卒で働きに出る人の数は激減した。にもかかわらず労働市場がそれなりにバランスしているのは、製造業における生産の海外シフトで高卒の受け皿だったブルーカラーの仕事が減ったからである。

本書は、世の論者の個別の主張にいちいちデータと共に反論するスタイルを取っているため、一冊読めば「若者かわいそう」論の代表的な論点を概観できるし、著者が加えている反論にもそれぞれ説得的なものが多いものの、論点が拡散していて結局何が言いたいのかやや分かりにくい。著者は「若者はかわいそう」論の多くを不正確であるとして否定するが、そこから「若者は十分恵まれていて全く『かわいそう』ではない」、と結論づけているのかは判然としない(それが本質的な論点とは捉えていないのかもしれないが)。

ただ、高齢者の世帯平均所得の中央値が240万円とのデータを引いて、問題は「高齢者貧困」であり、「圧倒的に優先順位が高いのが『高齢者問題』」などと断言するのはいただけない(そもそも本書は雇用問題にフォーカスしており、年金や医療の世代間移転、財政赤字の問題などは全く論じられていないのだが、それは置いておく)。

退職金をもらって貯金を蓄え、家のローンも払い終わった高齢者と、家賃やローンを払いながら家族を養い、税金や社会保険料もたくさん払い、更に老後の貯金もしなければならない現役世代とでは、生きていくために必要な所得の金額が全く異なる。
子供が独り立ちした後、ローンを払い終わった持ち家で暮らし、2,000万円の貯金を持つ高齢者の所得が240万円だったとして、それのいったいどこが「貧困問題」なのか。「悠々自適の年金暮らし」とでも言った方がしっくり来る(こういう高齢者が全てとは言わないが、平均的な姿はこんなものだろう)。高齢者の経済状態にとって決定的に重要なのは資産をどれだけ持っているかであって、所得など参考程度にしかならない。

所得のみを基準に貧困を計る(間違った)議論は世の中に沢山あるので、著者が並外れておかしな議論をしているわけではないが、あれだけエラそうにデータの誤用を指摘しまくっておきながら、こんないい加減な議論をするのはどうなんだろうか。

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2011/11/20

【読書】 若者はなぜ3年で辞めるのか? 城繁幸



日本型雇用慣行の限界を鋭く指摘してベストセラーになった書。

年功序列と終身雇用は経済成長して組織が肥大化し続け、常に上よりも下の世代の方が人数が多いという状況下で実にうまく機能したが、成長が止まり人数バランスが逆転すると、ポストが増えない組織の上部にダブついた中年層が滞留して価値に見合わない給料をもらい続け、結果、若者にはいつまでたっても管理職ポストが回ってこず、給料も増えず、そのうち退職金も減らされ、という閉塞感が蔓延している実態を明らかにした。

このように要約してしまうとさして新味が無いように聞こえてしまうが、それが今の20‐30代のキャリアにどのような意味合いを持ち、強い危機感を持った若者はどう考え・行動している(すべき)なのかをビビッドに活写したところに本書の価値があったのではないかと思う。

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2011/11/15

【読書】 ユーロ・リスク 白井さゆり




欧州債務危機をコンパクトにまとめた良書で、これ一冊読めばそれぞれの国の状況と問題国が危機に陥った経緯の概観を掴むことができる。

なかでもそのエッセンスは32頁に掲載された一枚のチャートに凝縮されている。「政府債務残高の対GDP比」と「(政府と民間を合わせた)純対外資産残高の対GDP比」とでユーロ採用国をプロットしたもので、この2つの指標から各国のリスクを分析している。

PIIGSと総称される国々の中で、イタリアのみ、高リスクではなく中リスク国に分類されている。
本書が出版された当時までで5年CDSを見ると、確かに、2000bpsに迫るギリシャ、700bpsを突破して更に上昇を続けるアイルランドとポルトガル、年初に一時350bpsを超えたスペインと比べても、150bps前後まで低下してきていたイタリアは相対的にはリスクが低いとみなせたかもしれない。その後、そのイタリアが危機の焦点になり、ベルルスコーニ首相が辞任に追い込まれたのは周知の通りである。

政府債務残高の対GDP比がギリシャに次ぐ120%に達するイタリアが「中リスク」とされた理由は、純対外資産残高のGDP比が低かったから、要するに外国への借金が少なかったからである。別に著者だけの見解ではなく、記述の様に市場もそう見ていたのだが、数ヶ月で風景は一変した。


日本の財政危機に関する議論においても、日本は純債権国で外国からは借金をしていないから大丈夫、という議論がしばしば見られる。確かに、外国から借金をしている状態に比べれば現状ははるかにマシであるが、それだけで安心するのは早計である。

「だから大丈夫」と言う人は、いざとなれば政府は国民にいくらでも課税できるという前提を置いている(意識していないかもしれないが)。しかし、民主主義国家における政府は、当り前のことだが、国民が拒否する政策は実現できない。歳出の半分の赤字を垂れ流している現状の財政が持続不可能なことは明白であり、財政破綻を回避するためには、いずれ社会保障の大幅なカットと大増税が必要になる。それが実現されるためには、その実行を訴える政権が国民を説得し、反対する政党を上回る支持を得て安定的な政権基盤を築けなければならない。政府が国民に全く信頼されておらず、長期に亘る経済の低成長に疲弊している日本において、それが如何に楽観的な前提であるかは、論ずるまでもないだろう。それが出来ないから、ギリシャもイタリアも苦労しているのだ。外国から借金をしていなくても、国民が政府に金を貸すのを止め、そして歳出カットも増税もできなければ、政府は破綻するほかないのである。


(参考)イタリアのCDS(5年USD)の推移
http://www.bloomberg.co.jp/apps/quote?T=jp09/quote.wm&ticker=CITLY1U5:IND


(追記)

通貨としてのユーロ崩壊の可能性が取り沙汰されているが、簡単には崩壊しないことを主張した箇所は、簡潔に的を射ているように思う。

まずギリシャ等の高リスク国が離脱して、安い通貨で経常収支を改善させる方向に進む可能性だが、そんなことをすれば既発国債はほとんどユーロ建てだから返済は一層困難になるし、国内から資金が流出して金融機関は軒並み破綻し、とんでもないことになる。だからギリシャが離脱するインセンティブは極めて低いし、そもそも仮に離脱してもユーロの信用力は上がるので、ユーロ崩壊につながるわけではない。

むしろドイツ等の低リスク国が、PIIGSを支援し続けることに疲れてマルクに回帰するという欲求にかられるシナリオの方が現実味があるし、もしそれが起これば高リスク国が寄せ集まった通貨ユーロの信認は地に落ちるだろう。しかし、それはユーロの暴落とマルクの急騰を意味するから、ドイツの輸出産業(その多くはユーロ圏向け)は大打撃を被り、ドイツは深刻な不況に陥るだろう。

結局、ユーロ離脱で得をする国はないので、ユーロは容易には崩壊しないであろう。
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2011/11/13

【読書】 弱い日本の強い円 佐々木融




外資系証券会社の為替ストラテジストによる、分かりやすい為替の入門書。基本的に前提知識が無い人でも読めるように書かれている。為替相場は金融関係者の間でも「最も予想が難しい」「合理的な予想は不可能」などと言われたりするが、メカニズムを理解すれば一定の予測は可能であることを論証する。以下に主張を簡単にまとめておく。


まず、長期(10年以上)の為替水準にとって最も重要なのは、インフレ率である。「国力」のような曖昧な概念や人口動態は直接的には関係無い。


一方、中期(6ヶ月以上10年未満)的な為替動向にとって重要なのは異なる通貨間での資金移動の実需であり、①貿易、②証券投資、③直接投資がその内容である。

例えば、日本のように経常黒字の国には、外国への輸入や海外からの配当で獲得した外貨を売って自国通貨を買うニーズが常に存在するため、恒常的な通貨上昇圧力がかかる。

また、経済の先行き不透明感が高まり、多くの経済主体がリスク回避的になった場合、海外への投資を引き上げたり為替リスクをヘッジするために自国通貨を買う動きが出てくる。世界中がリスク回避的になり、みんなが外貨の為替リスクをヘッジするとき、世界最大の純債権国である日本にとっては、外国人による円売りよりも日本人による円買いの方が大きくなる。金融危機後に円が上昇した背景にはこのようなメカニズムが考えられる。震災直後に円が急騰したのも同じ理由だが、それを予測した投機が振幅を増幅させた可能性はある。

なお、為替取引の大部分はこうした投機的な取引が占めるので実需の影響は軽微であると言われることがあるが、機関投資家による為替投資のポジションは、長くても数ヶ月以内には反対売買をして手仕舞わなければならないため、6ヶ月以上の中期で見ると為替水準への影響はニュートラルである。


為替介入による円安誘導は不可能である。それは端的に言えば、市場が大きすぎるからである。大幅な円高が進行した局面で介入をしても、これまで外貨を売るに売れずにいた人々、今後も売る必要がある人々が、「しめた!」とばかりに飛びついてあっという間に吸収されてしまい、為替レートは元に戻ってしまうのだ。

そもそも、「米ドル/円レートが円高に振れると輸出企業の収益が圧迫され、日本経済に悪影響が出る」というのは過去の話である。日本は既にドル建ての輸入が輸出を上回っているので、円高で安く輸入できることのメリットの方が大きいかもしれない。アジアへの輸出が増えた一方、石油等の資源の輸入は相変わらずドル建てだからである。むしろ問題は、ウォンや元が安くて相対的な輸出競争力で日本が負けることなので、日本政府としてはドル/円レートを動かそうと為替介入するよりも、米国と協調して「市場介入はすべきでない」と韓国や中国に迫る方が国益に適う。

また、為替介入は危険なオペレーションでもある。為替介入は、短期国債を発行してドル(米国債)を買うオペレーションであり、ドルが円に対して大幅に値下がりしたため、特別会計に巨額のロスを抱えてしまった。この為替変化の底流にあるのは、日本の金利とインフレ率が米国よりも一貫して低かったことであり、その傾向が続けば今後もロスが出続ける(日米金利差で設けた分は一般会計に繰り入れて消費してしまっている)。他方、日米の金利とインフレ率が逆転すれば、円高は止まるかもしれないが、その時、為替特会は巨額の逆ざやに苦しむことになる。


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2011/11/10

大手新聞の横並び袋叩き

おなじみの一斉攻撃が始まった。

日経を含む全ての大手全国紙が、昨日の朝刊一面トップでオリンパスの損失飛ばしを報じた。

FT等の海外紙が以前から一面トップで取り上げてきたにもかかわらず、日系紙はこのほとんど明白な巨額の不正疑惑にこれまで口をつぐんできたわけだが、会社が認めた途端、一転して随分と威勢がいい。大勢が固まらぬうちは沈黙しておいて、相手が弱ったら一斉に徹底的に叩くのはいつものパターンで、最近では松本龍元復興担当大臣の東北訪問時の暴言事件が記憶に新しい。

自社のことを棚に上げてこういう↓高飛車な社説を書ける面の皮の厚さには、いつもながら感心してしまうが、問われているのは、「日本企業のガバナンス」だけでなく、メディアの健全性でもあることを、少しは自覚してはどうか。



 日経

経営責任厳しく問われるオリンパス (2011/11/9)

精密大手のオリンパスは、1990年代の証券投資で発生した損失が先送りされ、その穴埋めとして企業買収に伴う多額の助言手数料などが使われていた、と発表した。10年以上も投資家を欺いていたことになり、歴代の経営陣の責任はきわめて重い。

明らかになってきたのは、オリンパスの企業統治が長年にわたり機能不全に陥っていた実態だ。取締役会は不自然な取引を見逃し、ウッドフォード元社長が独自調査を突きつけても動かなかった。

監査法人もファンドを使った損失の先送りという不明朗な会計処理を長年認めてきた。上場企業として経営の体をなしていなかったと言われても、仕方あるまい。

オリンパス問題をきっかけに他の日本企業にも疑いの目が向けられるようなら、資金調達などに支障が出る。そうした事態を避けるために、まずオリンパスが自ら正しい情報を迅速に発信し、市場の混乱を鎮める必要がある。

同社の高山修一社長は先送りされた損失金額について、調査・集計中であることを理由に回答を避けた。先送りの額によっては過去の利益や資産状況が、遡って大きく修正されかねない。内部集計が終わった段階で、投資家に速やかに開示すべきだ。

オリンパスの6月末の貸借対照表には1682億円の「のれん」(買収価格と純資産の差額)が計上されている。買収企業の価値が大きく下がっているようなら、評価を大きく落とさなければならない。そもそも価格が適正だったのかどうかなど、過去の買収について徹底的に調査すべきだ。

日本市場の監督者や、捜査当局の役割も重要になる。

オリンパスが株式を上場している東京証券取引所は、決算発表や情報開示を待つだけでなく、経営陣の話を直接聞くなどして自ら情報の収集に動くべきだ。損失先送りの狙いや意図は、同社株の上場を維持すべきかどうかの判断に迫られるような場合には、重要な根拠の一つになる。

米連邦捜査局(FBI)が調査に乗り出すなど、オリンパス問題は海外の関心も高い。日本では証券取引等監視委員会が資料の分析を始めており、今後は事実関係の解明が国内外で並行して進められる可能性がある。日本の金融・捜査当局がこうした動きに遅れることなく、国際的な連携を図っていく必要もある。



読売

オリンパス疑惑 日本企業の信頼を失墜させる
(11月9日付・読売社説)

 巨額の投資損失を隠蔽したうえに、企業買収を装ってモミ消しを図るとは言語道断である。

 精密機器大手のオリンパスは8日、英国人社長の解任で表面化した不透明な企業買収について、実は1990年代からの投資損失を処理する偽装工作だったと発表した。

 弁護士らによる同社の第三者委員会の調査で判明したという。長年にわたる“粉飾”によって、株主や取引先を欺き続けてきた罪は極めて重い。

 オリンパスは内視鏡で世界トップという日本を代表する優良企業だ。一連の不正経理疑惑は、海外でも大きく報じられた。

 オリンパス1社にとどまらず、日本企業全体の統治能力やコンプライアンス(法令順守)への信頼を失墜させかねない。

 オリンパスは3年前、英医療機器会社を約2100億円で買収した際、約700億円の仲介手数料を投資助言会社に払う形にした。数%という手数料相場とかけ離れた、破格の報酬額だった。

 資源リサイクル会社など国内3社の買収でも、700億円を超える買収額の4分の3をその後、損失として処理した。

 こうした会計操作で捻出した資金によって、実態のない会社に付け替えていた投資損失を穴埋めしていたという。

 オリンパスは買収額などが不自然だと指摘した英国人社長を10月中旬に解任し、買収は適切に行われたとの説明を繰り返していた。これは、会社ぐるみの背信行為というほかない。

 すでに引責辞任している菊川剛前会長兼社長ら役員3人は、不正への関与を認めているという。8日、副社長は解任され、監査役も辞意を表明した。

 証券取引等監視委員会は、粉飾決算の疑いもあるとみて、資金の流れや、他のオリンパス幹部の関与などについて、本格的な調査に乗り出した。疑惑の全容解明を急いでもらいたい。

 お目付け役の監査法人が、きちんと責任を果たしてきたかどうかも、厳しく問わねばならない。

 大王製紙でも、創業家出身の前会長が、グループ企業から100億円超の私的融資を受けた不祥事が発覚した。健全経営や情報開示といった社会的責任を果たそうとしない日本企業の国際的な信用が揺らいでいる。

 企業経営者は、「社会常識」に反する「社内常識」がまかり通っていないか、謙虚な気持ちで点検してほしい。

(2011年11月9日01時04分 読売新聞)



朝日

天声人語
2011年11月9日(水)付印刷

 高千穂製作所の誕生は約90年前、大正半ばである。八百万(やおよろず)の神々が宿る高千穂の峰。海外に通じる製品を作らんと、商標は世界の高天原(たかまがはら)、ギリシャ神話の聖地から拝借した。オリンパスの名は、こうして生まれる▼高貴な社名と、先人の理想を裏切る失態である。企業買収に絡む不自然な散財。巨額を動かした目的は、バブル期から引きずる含み損の穴埋めだった。粉飾決算は上場廃止に値する不名誉だ▼真相に迫る英国人社長を切った前会長兼社長、副社長、常勤監査役らこそ、不正に手を染めた面々だとか。自浄能力のない日本の経営陣と、独り乗り込んで悪を暴く外国人。単純明快な筋立てが悲しい▼内視鏡のトップメーカーである。それが財テクの古傷を見過ごし、いや、見て見ぬふりで20年も放置し、切るに切れぬ病巣にした。手術には外国製のメスを要したが、それは一本で十分だった。この情けない展開、ことは企業統治の緩さに関わり、日本の企業や市場全体が疑われかねない▼大王製紙の前会長が子会社の金を使い込んだ件では、同族経営の甘さが言われた。オリンパスで問われるべきは、サラリーマン役員の無責任と保身だろう。不正を抱えたまま出世できる気楽な稼業である▼顕微鏡と体温計に始まる同社は、戦後間もなく世界初の胃カメラを世に出した。内視鏡の先駆として、数えきれぬ人命を救ってきた開発陣が気の毒でならない。誇り高き光学企業が、技術ではなく不正経理でつまずく不条理を何としよう。



毎日

社説:オリンパス粉飾 不正の根源の解明を

 英国人の元社長が指摘した企業買収をめぐるオリンパスの不明朗な資金の動きは、先送りしてきた損失を穴埋めするための操作であったことが判明した。不正経理は90年代から続いていたという。長期にわたって行われていた粉飾の実態を明らかにし、それにかかわっていた経営者への民事、刑事両面での責任も厳しく問われなければならない。

 「買収は適正に行われた」と一貫して説明してきたオリンパスが、一転して自ら不正経理を認めたのは、7日夕になり菊川剛前会長兼社長らが高山修一社長に損失隠しを明らかにしたからだという。

 今回のオリンパスをめぐる問題の発端は、マイケル・ウッドフォード元社長の解任だった。英国の医療機器メーカー「ジャイラス」の買収に伴う投資助言会社への高額の支払いに疑問が投げかけられた。

 また、国内の電子レンジ容器製造販売会社など3社の買収に伴う損失計上の問題も明らかになり、海外のメディアが大きく報じ、欧米の捜査機関が調査に着手するといった展開をたどった。

 菊川氏らが損失隠しの事実を明らかにしたのは、こうした圧力に抗し切れなくなったからだろう。逆に言うと、ウッドフォード氏の社長就任と、半年足らずでの解任がなかったら、粉飾による隠蔽(いんぺい)が続いていたかもしれない。

 高山社長は、損失隠し問題の責任者は菊川氏と森久志前副社長、山田秀雄常勤監査役の3人だとして、「必要があれば刑事告発も考える」と述べた。

 証券投資で生じた多額の損失が決算書などに記載されず、ごく一部の関係者しか把握しない「含み損」として、長期にわたって扱われていたとみられるが、この粉飾がなぜチェックできなかったのか、他の取締役の責任も含めて徹底的な検証が必要だ。また、決算と経営をチェックしてきた監査法人の責任も重大だ。

 オリンパスに対する海外からの疑念は日本の企業社会全体にも向けられている。有価証券報告書への虚偽記載の疑いが濃厚で、上場廃止の可能性もある。

 先送りしてきた損失の額や、それを穴埋めするための操作がどのように行われたのか。オリンパスの不正経理の詳細はこれからの調査にかかっているものの、不正防止のために制度整備が続けられてきたにもかかわらず、チェック機能が働いていなかった点を重く受け止めるべきだ。

 日本企業のガバナンス(企業統治)が問われており、海外からの疑念を払拭(ふっしょく)する意味からも、証券取引等監視委員会や東京証券取引所などには、厳正な対応を求めたい。




産経は、1週間前に比較的まともな批判をしていたようである。

産経

【主張】オリンパス 企業統治が問われている (2011.10.31)

精密機器大手、オリンパスの混乱が収まらない。過去の企業買収を不透明だと指摘した英国人社長が就任から半年で解任され、それから2週間もたたない今月26日、社長を兼務していた菊川剛会長が「混乱を招いた」として辞任した。

海外のマスコミも高い関心を示すなど、日本企業の国際的な信用と企業統治のあり方が問われる深刻な問題である。新社長の高山修一氏は、第三者委員会を設置して買収の経緯などを調べるとしているが、信頼回復に何より求められるのは、調査のスピードであり、透明性の確保だと肝に銘じるべきだ。

問題の発端は、同社が3年前に英国の医療機器メーカーを約2100億円で買収した際、海外の投資助言会社に買収額の約3割にのぼる手数料を支払ったことだ。通常は数%とされる相場とかけ離れており、この問題を今夏になって知った当時のマイケル・ウッドフォード社長が菊川氏に問いただすと、逆に解任されたという。

オリンパス側は経営手法の違いが解任理由だとしていたが、ウッドフォード氏が英米紙でこの疑惑を公表すると、同社の株価は急落し、生保などの大株主も調査を求めた。菊川氏は混乱の責任を取る形で辞任したものの、その後は会見にも出席せず、説明責任を果たしているとはいえない。

オリンパスは海外で積極的に事業展開し、内視鏡の世界シェアは7割と高い。今回の騒動は日本以上に海外で注目されている。そのことを同社はもとより、日本企業は忘れてはなるまい。米調査会社GMIの企業統治ランキングによれば、日本はブラジルやロシアなどよりも低い。説明責任を果たせぬ企業は、グローバル化した経済社会では理解されないだろう。

企業統治をめぐっては、大王製紙の創業者一族の井川意高(もとたか)前会長が、子会社から個人的に100億円超もの巨額融資を受けていたことも問題になっている。

こうした常識では理解に苦しむ行為がまかり通るなら、海外からの日本投資は、ますます細ることになるだろう。東京証券取引所の斉藤惇社長が投資家保護の観点から徹底した調査と説明を求めているのもそのためだ。

日本の成長戦略が課題となっているが、まずは足元の企業統治を確立しなければ、競争力の強化などおぼつかない。



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