2008/10/09

ジェフリー・サックス教授の講演

NYU(New York University)にジェフリー・サックス教授の講演を聴きに行った。国連のMillennium Development Goalsをリードしている巨人経済学者であり、現在はコロンビア大学に籍を置いている。
貧困の終焉』という著書が有名で、その主張は、極めて大雑把に要約すると「現在の最貧国はpoverty trapと呼ばれる悪循環に陥っているが、援助を一気に拡大すれば、その循環から抜け出て自立的に経済成長できるようになる。そのようにして、2015年までに極度の貧困を世界から撲滅すべき」というものである。


さて、昨日の講義の要点は、①経済、②環境、③地政学、の3つの側面で、危機が非線形的(non-linear)に(=突然)訪れるので、それに備えてバッファーを準備しておくべき、というもの。

①はもちろん昨今の金融危機がその典型で、自己資本の手当てなくCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を売りまくったリーマン・ブラザーズは、信用不安とそれによる資本逃避が起こると、資金繰りが手当てできなくなり、あっという間に破綻に追い込まれ、株価はゼロに等しいレベルまで急落した。銀行(Commercial bank)もかなりリスクを取っていたが、相対的に規制が厳しかったため、レバレッジのかけ方に歯止めがかかり、ある程度自己資本を積んでいた。自己資本というバッファーの存在が生死を分けたのである。

②これと同様のメカニズムが、環境にも働いている。例えばニューファンドランドのタラの収穫量は、乱獲が進むにつれて徐々に減少した後、ある一点を超えたら一気にゼロにまで急降下した。リーマンの株価と同様に。ノルウェー沖のニシンでも同じことが起こった。
生物はある個体数を割り込むと繁殖のためのパートナーが不足するため、不可逆的に絶滅してしまう。この個体数をバッファーとしての「資本(キャピタル)」と捉えることができ、これが枯渇すると、絶滅の危機は一気に訪れる。「まだ大丈夫」という油断は禁物なのだ。

③最後に地政学(Geopolitics)である。これは他の2点より少しあいまいだったが、要するに、良好な国際関係(=地政学的資本)を普段から維持していれば危機にあっても紛争を回避できるが、これがないと、何かのはずみで一気に武力衝突に突入する、ということらしい。


ここまでをレクチャーした後、質疑応答に移ったが、これが圧巻だった。

実はサックス氏に対しては、元世界銀行のエコノミスト、ウィリアム・イースタリー氏等から批判や懐疑的な見方が向けられている。サックス氏が提唱する目標(上述の「2015年までに貧困撲滅」等)は非現実的で、援助資金は増えているのに成果は挙がっていない、それは現場の実情に合っていないからで、物量を増やしてトップダウンに押し付ける計画経済的手法はそもそもうまく行くわけがない、等々の批判である。

話がそこに及ぶと、これに対するサックス氏の反論は熱かった。

「私はアフリカの奥地の農村まで何度も何度も足を運び、現場を見てきた。例えばマラリアはアフリカにおける大きな脅威だ。蚊帳さえがあればかなり予防できるが、お金が無いために蚊帳が行き渡っていない。
私はよく、自分の娘がアフリカの村で蚊帳無しに眠ることを想像してみる。考えただけでも恐ろしい。しかしアフリカには、そのリスクに晒されている人たちがたくさん存在する。それを思うと、行動を起こさずにはいられない。
アフリカの全ての家庭に蚊帳を配るための予算は、ペンタゴンの一日分の予算にも満たない。ほんの少しのお金を集めて、蚊帳を配る。こんな簡単なことで、アフリカの人たちが何百万人も救えることが分かっているのに、なぜそれに協力できないのか。」

心なしか、目が潤んでいるように見えた。

「私は現場を知っている。そしてその現状とそれを変えるために必要なことを、毎日毎日様々な人に訴え、それを10年間続けてきた。現場に行かず、行動も起こさない人達(※先述のイースタリー氏は現場主義の人なので、ここには含まれない)が、なぜ口先だけで批判し、協力しないばかりか足を引っ張るようなことをするのか、私には理解できない。」


彼の言葉には、私も心を動かされた。なぜ彼がこんなに影響力がある人なのか、その理由が垣間見えた瞬間だった。

サックス氏は20代でHarvard大学の教授になった大天才だが、彼を世界のリーダーたらしめているのはその頭脳(だけ)ではない。ビジョンを持ち、自ら道を切り開き、その行動を示すことで人の心を動かせる、パッションと行動力こそが、リーダーシップの源なのだと思った。

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