2014/06/16

【読書】 イギリス 繁栄のあとさき 川北稔



高校の世界史では、産業革命について大要、以下のように教わる(ふたむかし前は、少なくともそうだった)。
①イギリスは、紡績機や蒸気機関に代表される世界初の産業革命を経て『世界の工場』となり、その圧倒的な生産力を背景に世界帝国を築いた。
②そうした工場を保有できた産業資本家は富を蓄積して社会の新たなリーダーとなった。
③工場での仕事を求めて農村から都市に人口が流入したが、労働・居住環境は劣悪で、工場からの垂れ流しの排気・排水などによる深刻な環境汚染が発生した。

しかしこの時代のイギリスを「ジェントルマン資本主義」と位置づける最近の主流的見解では、こうしたストーリーはいずれも否定的ないし極めて限定的に捉えられている。即ち、
①イギリス経済は工業を最大のよりどころとしたことは一度もない。
②産業資本家層がイギリスの政治・社会をリードしたことも一度もない。影響力を持ったのは、19世紀半ばまでは伝統的な地主であり、それ以降はやはりジェントルマンとしての教養教育、価値観や生活様式を引き継いだシティの金融資本家・医師・弁護士、軍人、官僚などである。
③大都市にゴミ、犯罪、貧困等の問題は発生したが、当時の大都市は工業都市ではなかった。リヴァプールは港町だし、マンチェスターも工業都市というよりは商業都市であり、ロンドンは商業・金融の中心であった。そうした都市に人々が流入したのは、工場労働者を夢見てのことではなく、ひとつは「都会への憧れ」からであり、今ひとつはポーターや、花、果物、ミルク売りのような、農村には存在しない「都市雑業」を求めてのことだった、というのが本書が提示する説である。

ではイギリスが「世界の工場」でなかったとすると、何がイギリスの圧倒的優越性を可能としたのか。それは商業と金融である。
本書の基底をなす、ウォーラーステインが提唱した近代世界システム論によれば、「ヘゲモニーには、農業と鉱工業の生産、商業、金融の三つの次元があり、それらすべての次元で圧倒的優位を確立した状態が、本当のヘゲモニー国家」であり、「しかも、それぞれの優位は、この順に成立し、この順に崩れていく。」

イギリスがフランスとの(第二次)百年戦争に勝利した最大の理由は、イギリスの前のヘゲモニー国家オランダが築いた当時の金融センター、アムステルダムで多額の戦費を調達できたこととされる。17世紀末に「イングランド銀行を設立し、戦時国債を容易に発行しえたイギリスは、圧倒的に立ったのである。」(イギリス財政革命)18世紀の後期にはロンドンがアムステルダムから金融の中心としての地位を奪い、そして証券投資で財を成した人々が、新興のジェントルマンとしてイギリス資本主義の担い手となっていったのである。

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