2015/01/12

【読書】 21世紀の資本 トマ・ピケティ



話題のこの大著、前半部分の主張は、ほぼ次の一文に要約されていると言っていいだろう。

資本収益率が産出と所得の成長率を上回るとき(19世紀はそうだったし、また今世紀でもそうなる見込みがかなり高い)、資本主義は自動的に、恣意的で持続不可能な格差を生み出し、それが民主主義の基盤となる能力主義的な価値観を大幅に衰退させることになるのだ。 (p2)


「資本収益率が産出と所得の成長率を上回る」という関係を表すのが、本書を代表する有名な不等式、 r > g である。
この式は一見すると、「ある期のストックに対するフローの割合(資本利潤 / 資本)」と、「二つの期のフローの変化率(t1のGDP / t0のGDP - 1)」という全く異質のものを比較しており、直観的に分かりにくいが、単純化して言えば下記のようなロジックになる。

①rが高ければ、資本は複利計算で雪だるま式に増えていき、資本から上がる利潤もどんどん増えていく

②他方、人口が増えない経済において、経済成長率gは鈍化したままとなる(1.5%くらいで安定するというのがピケティの見立て。資本が増える一方で所得はあまり増えないので、資本所得比率=βが上がる)

③多額の資本(資産)を持っているのはごく一部の人に限られている

④したがって、資本から上がる所得を手に入れられる金持ちはますます富み、労働からの所得しか得られない大多数の人々は取り残される

このロジックが成立するためには、いくつもの仮定が入っており、本書ではそれを丹念にデータとともに論証しようとしているのだが、結論が曖昧な点も多い。以下、順にいくつか見ていきたい。


仮定1:資本/所得比率が長期的に上昇し続ける

ピケティによれば、資本/所得比率βは、長期的に貯蓄率/経済成長率( s / g )に近似する。貯蓄した分だけ資本が増えていくと考えると(※ここで言う「貯蓄」は減価償却控除後のネットの数字と定義されている)、貯蓄率とは、「所得対比で測った資本の成長率」と捉えることができる。したがって、s / gは「資本の成長率 / 所得の成長率」ということになるので、それぞれの成長率が一定であれば、いずれ資本と所得そのものの関係も、成長率同士の比率に収斂するという理屈である。したがって貯蓄率が一定で、経済成長率が鈍化すれば、s / gが上がり、資本/所得比率も上がることになる。

ここで経済成長率が低下するのはその通りだと思うが、貯蓄率が長期に亘って一定というのは本当だろうか?
経済成長が鈍化する大きな要因の一つは、人口成長率が停滞することであり、それは人口の高齢化を必然的にもたらす。退職世代が増えれば、貯蓄を取り崩して生活する人が増えて、貯蓄率が下がりそうなものである。

この考え方は、モディリアーニらが唱えた「ライフサイクル仮説」と呼ばれるもので、ピケティはこの仮説を基本的には否定する。モディリアーニへの言及は数回あるが、論拠が示されているのは、フランスで死亡時の貯蓄が生存時の財産をほぼ一貫して上回ってきたことくらいである(p406)。確かにフランスの家計貯蓄率はここ十年以上大きく変化していないようだが、著しく高齢化が進行している日本、イタリア、韓国では軒並み家計貯蓄率が下がっている。今後この貯蓄率がどうなるかは余談を許さないが、ピケティのようにライフサイクル仮説をあっさりと棄却してしまってよいものか、疑問が残る。


仮定2:資本が増えても収益率rは下がらない

多くの経済学者から指摘・批判されている点である。例えば不動産開発が進んでオフィスの供給が2倍になれば、需要も倍にならない限り賃料は下がる。このように、資本が増えれば収益率rは低下するはずである。この一般原則はピケティも認めるが、それでもgほどには下がらない、(したがって r > g が長期に亘って成り立つ可能性が高い)という。
しかしその根拠はというと、「超長期で見ると資本の使い道はいろいろある」などと曖昧なことを言ったかと思えば、「超長期で見ると、技術の変化が資本よりも人間の労働にわずかに有利に働く可能性があり、そうなれば資本収益率と資本シェアは低下する」と結論をひっくり返すようなことを言ったりして、今ひとつ定まらない。


<続く>

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