2017/06/30

【読書】 Sapiens(サピエンス全史) Yuval Noah Harari ③







第四部::科学革命(The Scientific Revolution)

・世界はこの500年くらいで、急速に、劇的に変わった。その変化をもたらしたのが科学革命である。

・4部の幕開けとなる14章のタイトルは、「無知の発見」。古代から中世の社会では、宗教が世界の中心にあり、「過去の聖人は全てを見通していた(人類はそこから堕落した)」「大事なことは全て聖典に書いてある(神の預言にないことは重要ではない)」という認識がベースにあった。為政者は、新しい理論を発見したり自然の謎を解明するための研究に、貴重な資源をわざわざ投入しようなどという発想を、持たなかった(そんなことに金を遣うくらいなら立派な宮殿を建てた)のであり、そこから新たな技術は生れようがなかった。

・それに対し、大航海時代に未知の大陸に直面したヨーロッパ人は、史上初めて、人類が無知であることを明確に自覚し、新たな知識の収集に異常な程の意欲を持って取り組み出した。(14章)

古代においても、数学・天文学・建築学・医学などの科学が発展しており、ハラリの整理はやや乱暴な気もするが、中世で神学が学問の中心を占め、科学探究心を欠いていたことは事実だろう。

・科学の発展と帝国主義の拡大は車の両輪であり、両者が密接不可分に結びついていた。オーストラリア等を「発見」したキャプテンクックの船団は、壊血病の予防にビタミンCが有効であることを発見して科学の発展に寄与する一方で、多数の銃火器を搭載して先住民を追い立て、British Empireの拡大をもたらした。ダーウィンをガラパゴス諸島に連れて行って進化論に道を開いたのも、イギリス海軍の軍艦である。

・しかしこの頃(1770年頃)、欧州がアジアと比べて技術的に優位に立っていたわけではない。1775年にはアジア(オスマン帝国、サファヴィー朝ペルシャ、ムガル帝国、明など)は「世界経済の8割」を占め、欧州は未だ辺境に過ぎなかったとハラリは言う。にもかかわらず、なぜ欧州帝国主義が世界を席捲したのか。大航海時代の欧州以前にも、明の鄭和は15世紀初頭に7次に渡る航海でアフリカまで遠征した例があり(しかもその艦隊はコロンブスの船団よりも遥かに巨大だった)、少なくとも技術的には遠洋航海は十分可能だった。

・19世紀から急速に西欧が世界の他の地域を凌駕した「大分岐」(The Great Divergence)。その謎には、これまでにも様々な説明が試みられてきたが、ハラリの回答は、要約すると「1850年までの数世紀に亘って、西欧にのみ科学的精神と資本主義の精神が深く根付いたため」であり、さらに言い換えると、「無知の自覚を出発点に、投資によって今日よりも明日をよくできるという人間の力への信頼(信仰)」ということになる。

・欧州の大航海とそれ以前/他の帝国の遠征との決定的な違いは、前者が自らの無知を知り、異世界を探索することを目的としたこと、そしてそのために実際に多数の科学者を帯同したことにある。(それまでの遠征は基本的に、帝国の威信を辺境の知に知らしめに行くことを目的とし、自らが学びに行くことなど考えもしなかった。)両者の違いを端的に示すのが、遺された地図。中世の地図では分からない場所は想像で埋められていたが、むしろ大航海時代となって未開拓の場所は空白とされるようになった。

・コルテスがアステカに着いた時、アステカ人は海の向こうに自分達の知らない世界があることを理解出来なかった。その十数年後にピサロがインカ帝国を滅ぼした時、インカ人はアステカに起こった悲劇を知らなかった。

・欧州列強の帝国は、被支配地域の文化や言語を深く理解し、それまで見向きもされなかった遺跡の発掘や古文書の解読を行い、地形を測量し、動植物の生態を解明し、現地人すらも上回る深さの知識と理解を蓄えていった。その優位性は、少数の白人が圧倒的多数の現地人を支配する武器となったのみならず、白人に「無知蒙昧な原始人を啓蒙する」という使命感("White Man's Burden")を植え付け、帝国主義を道義的にも正当化して行くことになる。(15章)

資本主義を論じた16章は、お決まりの信用創造の話から始まるが、そこからの展開はなかなか独創的で面白い。

・借り手を信用出来なければ投資は起こらず、成長も無い。なぜ信用は生まれたのか。それは科学革命が有用な技術の発展を促し、人々が「経済成長(=パイの拡大)」を信じるようになったから。

・中世以前の世界は静的で、富は一定だった。経済はゼロサムゲームであり、誰かが富むことは、他の誰かの富を奪うことと同義だった。だからキリスト教を含む多くの宗教で蓄財は罪とされたし、成長無き世界でシェアの拡大のみにベットして信用を供与する貸し手は稀だった。

・近代欧州で初めてこの前提が覆り、パイの拡大が信じられるようになった。それは成長ストーリーを信じた投融資を誘発すると同時に、蓄財への罪悪感を無くし、人々を投資へと駆り立てる起爆剤となった。

・こうして富の追求に引け目を感じ無くなった欧州エリートの資本の洪水が、列強間の戦争の帰趨を左右し、アジアやアフリカを植民地化して行く。オランダがスペインに勝ち、イギリスがフランスを凌駕したのは、両者が相手よりも高い信用を維持し、資金を調達できたため。コロンブスに代表される冒険家に金を出したのも、資本家達だった。リターンを追求する資本が生み出した株式会社は、やがて軍隊を組織し、植民地経営に乗り出して行く。(16章)

・蒸気機関の発明は、初めて人類がエネルギーの変換(熱→運動)を行ったという意味で画期的。(17章)

・産業革命以降、家族やコミュニティが崩壊し、様々な機能を市場と国家が代替するようになった。(18章)

・19章は「幸福論」という少し毛色の違う話がテーマである。人々の幸福は、物質的豊かさで測れるのか、というお決まりの話から始まるが、「幸不幸は、当人の主観が決める」という考え方自体が近代個人主義に特有のものという指摘は面白い。それ以前は、幸福を定義するのは宗教だった。

・20章は、サピエンスの未来について。現代のテクノロジーは3つの分野で人間を超えた存在を生み出そうとしている。①遺伝子操作(病気にならない人間など)、②工学的医療(脳と直接信号をやり取りする眼や腕など)、③ロボットやAI、などである。SFの中で優れた未来のテクノロジーを使いこなす主人公達は、私たちと変わらない人間であるのが常だ。しかし技術の進歩は、ホモサピエンスとは全く異なる認知能力や思考様式を備えた超人かもしれない。

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