2009/08/29

統治機構を考える(その5):「官僚主導」の一言では片付かない日本の問題

これまで3回にわたり、イギリスとアメリカの制度を比較してきた。

もう一度まとめると、イギリスの議院内閣制は、与党と内閣が一体となって政府を形成し、マニフェストで定めた政策を断行する、権力集中型のシステムである。それを徹底するために、候補者みんなが同じマニフェストを説明して回り、選挙後は党議拘束をかけて妥協なき政策実現を図る。そして、次の選挙までの間、政府を監視する役割を野党に担わせ、国民に争点を見せるためのアリーナとして、議会が機能している。

一方アメリカは、議会と政府が別々に選ばれて相互に牽制しあう権力分散型である。議会と政府は別なので、「与党」や「野党」という概念も希薄である。政治家は個人単位で活動し、党議拘束はない。そのため、議会は交渉と調整によって法案を修正する場となる。

イギリスは多数決で決めてどんどん実行する政治。アメリカは一つ一つの案件につき幅広いコンセンサスの醸成を図る政治である。

では日本はどうか。前々回の表に日本を加えたのが下の表である。
米英の比較まとめ

イギリスとアメリカ双方の要素が混在し、独自のシステムを作り上げているのが日本である。しかも、その制度設計には明確な意図がなく、どちらかというと、歴史的経緯の中でなんとなく作り上げられてきたものである。端的に言えばそれは、権力が過剰に分散した結果、首相の指導力が弱くならざるを得ない仕組みであり。


1.議会と政府の関係

日本はイギリスと同じ議院内閣制の国なので、一応衆議院の多数派の党首が首相になることになっている。しかし内閣と与党が一体かというと、とてもそうとは言えない。

イギリスでは、政権をとった政党の有力議員はこぞって内閣に入り、政府の要職に就く。ところが日本の自民党政権では、「元○○大臣」といった有力者が与党に残る。入閣するのは中堅とベテランの間くらいの議員である。

与党には党三役(幹事長、総務会長、政調会長。近年これに選挙対策本部長が加わった)が存在し、内閣とは別に調査会や政調会といった組織を持ち、政策決定や法案審査に強い影響力を持つ(こうした機構や手続きはイギリスには全く存在しない)。この構造は「与党・内閣二元体制」などと呼ばれている。こういう仕組みだと、内閣が政策を打ち出しても、「党の有力者」達から横槍が入るため、変化を起こしにくい。こうして、内閣にとっては「与党」という存在が障壁として立ちはだかることになる。

もう一つの問題は、内閣に官僚を統率する能力が無いことだ。まず政府に入る議員の人数がイギリスよりは少ない。(そこで民主党はこれを100人に増やすと言っているのだが、現在も70名以上が政府入りしているので、100名というのは実は驚くほどの数ではない。)それ以上に問題なのは任期である。閣僚の大半は1年前後で交代してしまう。1年ではどんなに優秀な人間でも大した成果の出しようがない。また人選も、本人の専門性とはあまり関係なく行われる。大臣就任記者会見で「これから勉強します」と言っているくらいで、その一年後には交代するのだから、これではその道のプロである官僚に太刀打ちできるわけが無い。(ちなみに小泉氏はこの任期の延長を図って、当初は「一内閣一閣僚」という方針を掲げていた。しかしその後、与党の諸派閥と抗争を繰り広げる中で人事カードを有力な手段として用いるようになり、数次に亘る内閣改造を行うことになる。)

この点は特に重要なので、後で戻ってくる。


2.議員と政党の関係

これも日本は中途半端である。まず日本の政党は基本的に党議拘束をかけるので、その点では政党の強い統制が効いている。しかし選挙に関しては、日本の二大政党は完全に候補者中心である。候補者が自分で金を工面し、個人後援会を組織し、本人の顔と名前を売って戦う。(例外は公明党と共産党で、この2つは党組織をしっかり作って政党中心の選挙を行っている。選挙カーを聞いてみると、両党は候補者名ではなく政党名を連呼しているのではないだろうか。)

イギリスは政党単位で活動し、政党を評価する選挙である。アメリカは議員個人単位で活動し、候補者個人を評価する選挙である。どちらも筋が通っている。ところが日本は、党議拘束があるし議員立法も少ないので、個人としての議員活動の実績は見えにくい。しかし選挙は個人単位で行われる。その結果、議員は実績を求めて地元への利益誘導に走るという側面もあるのではないだろうか。

そもそも、イギリスの場合には、マニフェストを長い時間をかけて作りこみ、それに(少なくとも大筋では)納得した人が選挙に出ているという建前がある。だから、党議拘束をかけることにも合理性がある。しかし日本(の特に自民党)のように、候補者がてんでバラバラなことを言い、まともなマニフェストも作らずに選挙に望むような方式では、選挙のときに候補者が有権者と約束していなかったものが法案として出てくることになり、党議拘束をかける正当性に欠ける。


3.議会の機能

端的に言えば、アリーナ機能も変換機能も満足に果たして来なかったのが、日本の議会である。与党案には党議拘束がかかり法案は修正されずに成立してきたので、変換機能は果たしてこなかった。他方、かつての野党には、政権を担おうという意思も能力も無かったので、「アリーナ」で対案を示すようなことも無かった。そのため審議は低調になりがちだった。



さて、議会と政府の関係に戻ろう。
与党に残って内閣の政策に横槍を入れるのが、俗に「族議員」と呼ばれる人々である。族議員とは、ある特定の業界や政策に詳しく、その分野の業界団体から献金を受け、官僚に口利きをすることで業界団体への便宜を図るような議員のことである。この「族議員」「官僚」「業界団体」をあわせて「鉄のトライアングル」と呼ばれたりする。以下はこれを図示したものである。

日本の統治機構



「族議員」「官僚」「業界団体」の三者は、それぞれに互いにメリットがある形で強固に結びついている。

まず族議員と業界団体との癒着構造は、最も単純で分かりやすい。業界団体は、族議員に陳情して様々な便宜を図ってもらう見返りに、カネか組織票でそれに報いる。「便宜」とは、業界の利益に反する法案に反対の声を上げてもらったり、官僚に口利きしてもらって許認可がスムーズに下りたり何かの指定業者に選ばれるよう取り計らってもらったりすることである。

次に官僚と業界団体の関係では、官僚は業界団体を指導する立場にあるが、天下りを受け入れてもらう癒着構造にある。両者の利害は一致しない場合も多いが、基本的には業界の繁栄は所管部署の利益にもなるため、それを脅かす勢力、例えば異業種参入組や外資に対しては、両者が結託して抵抗する傾向がある。

最後に族議員と官僚の関係である。族議員は官僚から政策に関する情報をもらい、様々な指図をする。時には選挙区への露骨な利益誘導もある。官僚にはそうした不正には逆らいたいという気持ちもあるが、政府の政策を実現するためには、族議員に味方になってもらって政策を後押ししてもらいたい。逆に、有力族議員が与党の部会等で政府の政策に反対したりすると、政策が潰されるなど面倒なことになる。ということで政策の説明(根回し)に言っているうちに、有力族議員の口利きには逆らえなくなってしまうのである。
こうした癒着を防ぐために、イギリスでは国会議員と官僚の非公式な場での接触が禁止されている。もちろん入閣した議員は官僚にとって上司にあたるわけだから当然日々やり取りをするが、政府に入っていない議員が官僚に口利きをしたり、逆に官僚が議員に政策の「ご説明」に行ったり、というようなことは一切禁じられている。政府に入っていない議員は、法案が議会に提出されてから、議会の場で質疑をする。非公式な場で事前説明を求め、口を出すようなフライングはご法度なのだ(ただし選挙前は例外)。

実際の人間関係、組織間関係はいろいろと複雑なのだが、非常に単純化してしまえば、日本では「与党」「官庁」「業界団体」の三者間それぞれに上記のようなWin-Win関係が成立する。その結果、与党と官僚に挟まれて浮いてしまうのが、首相と内閣である。首相は内閣支持率を上げたいので、大多数の国民を利する政策を実行したいというインセンティブを持っている(それがポピュリズムなのか、正しい政策なのかは別にして)。しかし、その政策が特定業界の利益を害する場合には、鉄のトライアングルが結託して反対することで政策が通らなくなってしまう。
よく「官僚主導」が諸悪の根源のように言われているが、官僚だけで全てが決められるわけではない。官僚は族議員や業界団体と結託するからこそ、政治のリーダーシップに抵抗できるのである。問題は三者が結びついたシステムなのである。

こういう構造では、よほど稀有な政治的駆け引きの名手で無い限り(小泉氏はそれだった)、首相はリーダーシップを発揮できない。

今年は麻生首相が発言し、それに与党議員(や業界団体等)が反発し、首相が発言を修正ないし撤回することで「ブレた」と批判されることが何度かあった。これは麻生首相自身の政治力の問題でもあるが、仮にも首相が打ち出した方針に対して、与党の議員が、内容を吟味もしないで公然と真っ向から反対するという光景が日常的に見られるというのも、それはそれでおかしくはないだろうか。こうしたことは何も今に始まったことではなく、福田氏の時も安倍氏の時もあったし、何より小泉氏の時が一番激しかった。こんな構造だから、日本ではみんなの意見を聞いてバランスを取る調整型のリーダーが首相になりやすいのである。


今回の内容について更に詳しく知りたい方は、ぜひ飯尾潤『日本の統治構造』をご一読あれ。
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