2009/09/23

子供手当てに所得制限はいらない

2万6千円の子供手当てについて、所得制限を設けるか否かをめぐって意見が対立している。民主党の方針は所得制限無く全員に給付するというものだが、社民党等は所得制限を設けて、浮いた分は他の支出に充てるべきと主張している。この違いが生まれるのは、手当ての目的の捉え方に差異があるからだが、その点が十分理解されず、議論が混乱している。以下に、代表的と思われる考え方を整理してみた。

子供手当ての考え方v2

所得制限を主張する社民党が考える目的は、①「所得再分配(貧しい世帯の救済)」である。子供を育てるのにはお金がかかるので、困窮してしまう。だから社会で助けてあげよう、というものである。したがって金に困っていない高所得者には手当てをあげる必要はない、ということになる。

一方、所得制限を設けない民主党案の目的は、②「社会貢献の対価」である。すなわち、子育ては社会貢献であり、その貢献に社会が報いるという考え方である。未来の日本を作る子供達を育てている人々は、社会貢献をしている。だからその報酬を払うのである。
この考え方は少し分かりにくいかもしれないが、特に社会保障財政を考えればその意義は明らかになる。将来、我々の年金や医療費を払ってくれるのは、いまの子供達である。子供がいる人もいない人も、将来は均しく次世代の世話になる。しかし次世代を育てるための負担は一部の人に偏っている。その不均衡を無くすために、子育てという社会貢献を行っている人には報酬を出すのだ。

この点について、大和総研の斉藤哲史さんという研究員が明快に喝破している。

「子ども手当」の意義とは
(前略)

そもそも論として、子どもがいないと将来の社会が成り立たないのは自明のことである。・・・したがって社会を維持していくためには、国民全員で次世代の育成を行う必要がある。しかし、・・・実際には一部の人が代表して出産・育児を行っている。その意味で現代の出産・育児は、警察や消防などの公務と同等の活動である、といってもよいだろう。

民主主義社会においては、社会を維持するために必要なコストを支払うのは国民の義務であり、国民は納税というかたちで貢献している。そして、そのカネで消防や警察などの公務を行っている人たちを雇っている。これと同様に、出産・育児をする人も公務に携わっていると見なせるため、税から報酬が支払われて当然ということになる。出産・育児をする人に、税金を使って子育てを委託しているわけだ。

このように考えると、「所得制限なしの子ども手当は金持ち優遇である」という批判が見当違いであることがわかるはずだ。子ども手当はあくまで育児(=社会貢献)の対価であり、親の所得とは何の関係もないからである(※1)。これは裕福な公務員に、「あなたはお金持ちだから給与を払わない」と言っているのに等しく、それが道理に合わないことは誰にでも理解できるはずである(貧富の差を云々するのであれば、所得税や地方税で再分配を行うべきである)。 

(後略)

(※1)英、独、仏、スウェーデンなどにも子ども手当(現金給付)の制度がある。金額は子の数によって異なり、1~3万円の範囲内であるが、いずれの国も所得制限を設けていない。所得制限の必要性を訴える人たちは、なぜ彼等が所得制限をしていないのか、その理由を考えてみるべきではないだろうか。

http://www.dir.co.jp/publicity/column/090827.html



この考え方は曲解されやすく、後述のような感情的反発を招きがちなので、民主党は正面きってこのような説明をしておらず、歯切れが悪いが、同党の政策はこうした思想に基づいているのだと私は理解している。

ちなみに、最近あまり論点に上っていないが、子供手当ては③出生率向上のための制度だと考えている人もいる。例えば竹中平蔵氏は、8月に行われたポリシーウォッチという団体の会合で、③の立場から、民主党に対して「出生率を上げるにはこれから生まれる子供に手当てを出せばよいのであって、既に生まれている子供に出す必要は無いのではないか」と疑問を呈していた。

このように子供手当てにはいくつかの目的があり得るのだが、多くの人が、政策目的が違うという事実を理解せずに他者の案を批判している。違いが分かった上でどちらの考え方を取るか議論するのは結構なことだが、現状は、特に①の立場の人が②の目的を理解せずに民主党案を批判しているように見える。
また、③の立場から「手当てを出しても出生率は上がらない」というトンチンカンな批判をする人がいるが、①や②の立場はそもそも子供を増やすことを目的にしていない。①と②は、子供手当によって仮に出生数が1人も増えないとしても、やはり出すべきだ、という考え方なのである。主目的は格差是正や子育ての支援だからだ。確かに出生率が向上することは望ましいが、それは副次的要素なのである。


なお、私自身は所得制限には反対である。斉藤氏も触れているが、子供手当ては社会貢献への対価であり、所得再分配は別途対策を講ずるべきだ。同じ所得1,000万円世帯でも、子供を3人育てている家庭と独身や夫婦だけの世帯とでは、次世代への貢献度合いが全く異なるからだ。所得制限を設けてこの世帯を除外してしまったら、この不均衡は是正されない。

このような考え方に対して、「結婚できない低所得者」や「子供ができない身体の人」への差別だと批判する人がいるが、それはポイントがずれている。若者の雇用不安への対策は必要だし、不妊治療への公費投入は増やすべきだと思うが、それらは別途対策を打つべきことだ。その議論を子供手当てに持ち込むと、訳が分からなくなる。

日本の社会保障システムは、本来別の目的で作られた制度に所得再分配の要素を混入させた結果、制度が複雑になり、目的が良く分からなくなったものがたくさんある。医療保険制度はその最たる例で、保険なのに所得比例の保険料を払い(※)、さらにそこに税金が投入されている。

制度一つ一つは目的を明確にしてシンプルに設計し、所得再分配機能は税制や生活保護等に集約するべきだと思うし、その原則に基づけば、社会貢献への対価を目的とする手当てに所得制限を入れるべきではない。


※保険のそもそもの目的はリスクの分散であり、保険料はリスクに応じて決まるのが保険原理の鉄則である。高所得者の健康リスクが高いわけでもないのに割高な健康保険料を課しているのは、そこに所得再分配の要素を入れているからである。例えば、保険料は定額にする代わりに、税での所得再分配を強化すれば、よりシンプルで分かりやすい制度体系になるだろう。
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