2010/01/30

【読書・映画】手紙 東野圭吾






服役中の強盗殺人犯の弟が、兄の犯した罪のために様々な差別を受けながら生きていく姿を描いた作品。映画がよかったので、小説も読んでみた。映画に感動した方は、ぜひ、せめて最後の100ページくらいだけでも小説を読んでみてほしい。映画もよかったけど、とても大事な部分がカットされているので。

テーマは「差別」なのだが、差別と言っても、主人公に罵詈雑言を浴びせる人間は、作中ほとんど出てこない。みな彼に同情する。同情しつつ、そっと距離を置くのだ。誰もが、自分が一番かわいいから。
主人公は人生の節目節目で、恋人やバンド仲間や会社など、重要な人から距離を置かれてしまう。その人たち自身が、主人公に敵意や蔑みを向けるわけではない。でも彼らには彼らの、他者との絆があり、その絆は「社会」という無限の地平にどこまでもつながっている。その無限の地平の全ての人々をつかまえて「こいつは本当はいいやつなんです」と説得することは不可能だ。そして社会との大事な絆のいくつかを断ち切ってまで主人公と運命を共にしようと思う人は、ほとんどいない。人生の節目だからこそ、人は離れていく。そのことを、誰も責めることはできない。それが現実。

主人公は卑屈になっていく。そんな彼に勤務先の社長がかける言葉が、心を打つ。主人公がその状態から社会に生還するためには、こつこつと一本一本、人との絆をつないで社会性を取り戻すしかないのだ、と。
彼は元気になる。前向きに努力し、結婚し、子供ができる。映画では、主人公の妻が、どれだけ差別されても、逃げずに胸張って道の真ん中を歩いて行こうと訴えてくれる。とても感動的だ。

でもそれが甘いのだ。小説では主人公は、「正々堂々と生きていく」という考えこそが安易な選択であり、甘えなのだと、後に思い知ることになる。だから主人公は、あのような手紙を兄に書いたのだ。
なぜ「胸張って道の真ん中歩いて行こう」と言われた直後に、あんな手紙を書くのか、なぜ突然あの人を訪問したのか、映画ではよく分からない。小説を読むと、それがよく分かる。後味は映画の方がよいかもしれないが、より深く心に残るのは、原作の方だった。

差別とは何か、社会とは何か、社会の中で生きていくとはどういうことか、犯罪とは、贖罪とは、自殺とは、、、いろんなことを考えさせられる作品だった。


なお、映画も、多少端折ってはいるもののとてもよかった。映像は美しいし、配役もよかった。沢尻エリカが、非常に好演ではあったものの、あの役にはちょっと華がありすぎる感じもしたが。。

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