2010/03/04

中東旅行5日目:アンマンからエルサレムへ

アンマンでは、街中でよくヨルダン国旗を見かけた。

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ヨルダンでの最終日は、先日写真を載せた郊外のショッピングモールで買い物をし、フセイン王公園という広大な公園をのぞき見たあと、エルサレムに戻るためイスラエルとの国境に向かった。今回はちゃんとバスターミナルの名前(Tabarbur Station)をアラビア語で書いてもらい、無事到着。「セルビス」と呼ばれる乗り合いタクシーに乗り込む。5人乗りの車で、乗客が4人集まったら出発する仕組みのようだ。僕は後部座席の真ん中で両脇を大柄なアラブ男に挟まれ、ひざの上で荷物を抱えた。国境のKing Hussein Bridgeまで5JD(650円くらい)。ちなみにこのヨルダン川にかかる橋はイスラエルではAllenby Bridgeと呼ばれている。Allenbyは英国の将軍で、テルアビブ市内の大通りにもその名を残している。

本当に国境に行くのか確認のために、隣の男に“Are you going to Israel?”と聞くと、“Palestine”と返された。そうだった。パレスチナ人にとって、ヨルダン川西岸は断じてイスラエルの一部ではないのだ、という当たり前のことを思い出し、当然のようにイスラエル?と聞いた自分を恥じる。

King Hussein Bridgeの国境の審査は、エイラートで渡った国境よりはるかに厳しい。そもそもイスラエルから出国するより入国するほうが厳しいということもあるが、それ以上にこのヨルダン川西岸地区はその帰属が極めて微妙な地であることが大きい。現在はパレスチナ自治区だが、国境の審査をするのはイスラエル政府である。国家承認とか、実効支配とか、むかし国際法で学んだことが、ここでは生のケースとして進行している。

さて、タクシーが到着すると、僕以外の3人の乗客たちは次々と荷物をセキュリティチェックにかけ、何か尋問のようなものを受けている。僕もその列に並ぶと、お前は違うからあっちへ行け、と別の方向を指示される。どうやら国境のゲートがパレスチナ人用とその他の人用とに分けられているようで、タクシーはパレスチナ人用のゲートの方に着いたらしい。指示された建物でヨルダンの出国審査を受け、しばらく待った後バスに乗せられた。

ヨルダンの国境審査地点とイスラエルの国境審査地点の間にはヨルダン川を含めて4kmほどの緩衝地帯が横たわっているので、バスで移動するのだ。これもこの地帯の両国の緊張関係を象徴しているのかもしれない(ちなみにエイラートではこの距離は100mほどだった)。
なおこの緩衝地帯の中にも、こんな感じの羊飼いが居た(この写真自体は、ぺトラ遺跡の近くで撮影)。
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こうして昔ながらの遊牧生活を続ける人にとって、国際紛争はどう映るのだろうか。。


イスラエル側に着くと、トランクを預けさせられる。荷物はベルトコンベヤーで別室に運ばれ、全てではないと思うが、イスラエル人の係官が開けて中身をチェックしているのが見える。かなりの数の役人がいる。ほぼ全員若いので、兵役だけでなくこういう仕事に従事するケースもあるのかもしれない。入国審査でまた尋問を受けるが、もう何度目かなので慣れてきた。荷物の審査が終わるまで長いこと待たされた挙句、ようやく通過。あとはバスでパレスチナ自治区を抜けて、すんなりエルサレム旧市街まで。


二度目のエルサレムでは、オーストリア系ホステルのドミトリー(Hotel Austria)に宿泊。とてもきれいなところで、屋上からの眺めが最高!ほぼ360度見晴らしがよく、エルサレム旧市街が一望できる。

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宿泊客はほとんどがドイツ語を話す白人(ドイツ人なのかオーストリア人なのかは僕には見分けがつかない)。ドイツ人って以前はなんか怖そうな印象を持っていたが、2年前に実際にドイツに行ってみるととても優しくてナイスな人たちが多い。ドミの同室になったおじさん達も、とても親切だった。



ちなみに、旅行記はあと1回くらい書こうと思いますが、約一週間の小旅行を終えて先週末に無事に帰国しました。
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