2011/05/29

発明は必要の母 Invention is a mother of necessity.

一般的な熟語は「必要は発明の母(Necessity is a mother of invention)」であり、人類は必要に迫られて様々な工夫を凝らして発明をしてきた、といった意味で使われる。しかし物事はしばしばその逆で、単に誰かが好奇心で発明をし、その技術を見た別の人が始めてその用途を考え付くことも多い。

1877年にエジソンが蓄音機を発明した時、彼はその用途として、死者の遺言を吹き込む、盲目の人のために本の読み聞かせをする、時報を伝える、オフィスで会議を録音する等々を考えたが、世間の関心を得ることができなかった。それを改良して音楽を流すジュークボックスを作ったのは全く別の人であり、エジソンは当初この改変に反対したという。(cf.『銃・病原菌・鉄』)



世界で最初のパソコンは、Honeywellが1969年に発売した料理のレシピ収録機だという。たったそれだけの機能で1万ドルもしたこの製品は、全く売れなかったそうだ。今我々がPCで行っている様々なことへのニーズ、あるいは「必要性」は、当時のアメリカ社会には一つも存在しなかったのである。

iPodが生まれる前、音楽好きの人にとって、その日聞きたいCDかMDを朝選んで持っていく、というのは当たり前の習慣だった。今となってはそんなこと面倒くさくてとてもやっていられないわけだが、自分が持っている音楽を全てポケットに入れて持ち歩きたいなどという野心を持つ人は、当時ほとんどいなかった。それが変わったのは東芝が2000年に容量5Gの1.8インチHDを開発してからであり、それに目をつけたAppleが爆発的なヒット商品を生み出してからである。(cf.『FREE』)


Category: None | Comments(0) | Trackback(0)
Comment

管理者のみに表示