2011/09/18

【読書】ポスト・マネタリズムの金融政策 翁邦雄



日銀きっての理論家が、金融政策の潮流を整理した本である。(マクロ経済学の教科書を読んで基本理論を理解した人にとっては)とても分かりやすくまとめられており、最近の流れを大局的に把握する上で非常によい本だと思う。基本的に日銀を擁護する主張を展開しているので、著者の立場を考えるとやや注意して読む必要があるとは思うが、我田引水な議論がそれほどあるようには見受けられなかった。

本書は、その題名どおりマネタリズム衰退後の金融政策を主に論じたものであるが、マネタリズムの盛衰についての記述もまとまっているし、日本ではまだマネタリズム的な発想の色濃い主張がいわゆるリフレ派を中心に展開されているので、ここではまずマネタリズムの盛衰に関して理解をまとめておく。

マネタリズム以前、ケインズ経済学絶頂期の世界では、不況期には中央銀行が市場に多量の通貨を供給して金利を下げ、投資を誘発することでGDPを拡大するというのが常識だった。しかし、オイルショックを契機として先進国を襲った1970年代の深刻なスタグフレーションは、ケインズ経済学への信認を大きく低下させる。インフレが起こっても失業率は下がらなかったからである。

これに対してミルトン・フリードマンを中心とするマネタリストは、その原因は中央銀行が余計な介入をするからだと批判し、中央銀行が政策を恣意的に変えることは経済を撹乱するばかりなので、決まったルールに従って粛々と通貨を供給すべきであると主張した。複雑な経済現象の病因をリアルタイムで的確に診断し、金融緩和や引き締めの波及効果を正確に予測してこれを実行することは、人智の及ぶところではない、という認識がその背景にはある。
通貨供給の具体的ルールとして、フリードマンは「特定の通貨集計量(引用者注:Monetary aggregate。マネーストックとほぼ同義)を一定の率(k%)で機械的に伸ばす金融政策ルール(いわゆるk%)ルールを提唱した。」

マネタリズムの隆盛を受けて、1978年には米国でFRBにマネーストックの目標値の発表を義務付けることが立法化された。更に1979年にFRB議長に就任したヴォルカーは、金利よりもマネーストックに重点を置く金融政策方針を発表する。

但しヴォルカーは実際にはケインズ政策的な発想の持ち主であり、国民に不人気な利上げを実行するための方便としてマネタリズムを隠れ蓑に使ったに過ぎなかったことが、次第に明らかになる(したがってマネーストックは安定しなかった)。しかし結果としてはヴォルカーの(ケインズ的)利上げはインフレ退治に成功を収める。その後、アメリカの金融政策でニューケインジアンが政策の主流派を占める中で、マネーストックは重要な指標とみなされなくなり、FRBは2000年にその目標レンジの公表を中止し、更に2006年にはM3(広義な通貨の種類)の集計すら止めてしまった。

アメリカでマネタリズムが信用を失った主因の一つは金融技術革新だと思われるが、その点に触れる前に日本の経験を振り返ろう。日本では、アメリカとは別の理由でマネタリズムの限界が明らかになる(アメリカも後に2008年の金融危機で経験することになるのだが)。それは信用乗数が一定という仮定が常に成り立つわけではない、ということである。

中央銀行がコントロールできるのは、マネーストック(経済全体の通貨の量)そのものではない。中央銀行は、銀行等の金融機関にベースマネーを供給する。これが増えたとき、銀行がその分貸し出しを増やせば、それが巡り巡ってマネーストックは増える。式で書くと以下のようになり、信用乗数が一定であれば、ベースマネーを増やせば増やすほどマネーストックが増えることになる。

ベースマネー × 信用乗数 = マネーストック

この「信用乗数が一定(或いは安定的)」というのが、マネタリストが「中央銀行はマネーストックを一定のk%で伸ばせ」と主張する際に依拠している前提である。
しかし、貸し出しが増えない何らかの要因、たとえば銀行のバランスシートが毀損しており銀行はその圧縮・改善を急いでいる、企業自身も新規投資を手控えて借金返済を急いでいる、経済の潜在的な成長率が落ちており銀行にとって十分な旨味のある金利を払って成長できる企業が少ない、等によって貸し出しがこれ以上増えないとき(←90年代後半以降の日本はずっとこうだった)、ベースマネーを増やしても、マネーストックは変わらない。このとき信用乗数が一定というマネタリズムの仮定は成立せず、それはマネーストックをベースマネーで割って結果的に得られる比率に過ぎないのである。


さて、マネタリストが前提とする「中央銀行が通貨を安定的に供給すれば物価は安定する」という関係が成り立つためには、もう一つ仮定が必要である。それはマネーストックと物価をつなぐ関係であり、下記のように表される。

マネーストック × 貨幣の流通速度 = 名目GDP

例えば経済全体のマネーストックが100兆円で、年間の名目GDPが500兆円なら、貨幣は平均して5回の取引に使われることになる。「金は天下の回り物」というが、貨幣が何回経済を回るかを示したのが貨幣の流通速度であり、したがって「回転速度」と呼ばれたりもする。この「流通速度」が安定的である、というのがマネタリストにとってのもう一つの重要な仮定である。これが安定的なら、マネーストックが10%増えて110兆円になれば名目GDPは550兆円になることになり、仮に実質GDPが一定であれば物価は10%上がることになる。

流通速度は、多くの場合一定であるが、まれに大きく動くことがある。例えば1930年代初頭の大恐慌期、アメリカでは多数の銀行が倒産し、預金が帰ってこなくなることを恐れた預金者が現金を引き出して余分に手元に置いておく行動に出たため、取引に使われて「天下の回り物」となる通貨が減ってしまった。これは貨幣の流通速度の低下をもたらし、デフレをもたらす一因となった。
逆に、ATMやクレジットカードが普及して、人々が余分に手元に置いておかなければならない現金が減ると、お金は天下を回りやすくなる。それは信用乗数の上昇につながるが、その効果を予測することはきわめて困難である。

また、より直接的な問題として、アメリカでは日常の決済の中心である小切手を振り出せる預金の種類が急激に多様化したことで、何をマネーストックと見做すかの線引きが難しくなり、マネーストックの集計自体が難しくなってしまったのである。

こうした一連の金融技術革新により、マネタリズムが前提としたマネーストックと物価との単純な関係は崩壊していき、それはマネタリズムの衰退をもたらすことになる。

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Comment
高精度計算
直列金融金利表現と貨幣マネーストックの関係についてももう少し解説してほしい。

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