2011/10/23

小泉氏は自民党の衰退をもたらしたか- 『世論の曲解-なぜ自民党は大敗したのか』

菅原琢氏著の『世論の曲解』を読んでの考察である。非常に面白い本だったので内容は前回紹介したが、一つ重要な点として「農村での自民党離れに小泉は関係ない」とする著者の解釈には、全面的には同意し兼ねる。

著者が上記のように結論付ける論理は下記のようなものだろう。
・農村部の自民党支持基盤の弱体化という底流は、政治制度改革(中選挙区制度の廃止、利便性の向上による都市部の投票率の向上)や第一次産業/土木・建設業等の衰退により、90年代から生まれていた
・それに対して小泉は「都市部寄り、若年・中年層向けに政策路線をシフトするという的確な対処法」により、「農村の支持基盤を維持したまま、都市部での支持を厚くすることに成功した」。小泉は自民党にとっての救世主である
・その後の自民党は「都市部の支持獲得という的確な処方箋を捨て」旧い自民党に回帰することで支持を失った

しかしこの議論は、小泉改革が農村部の集票組織を破壊したことを過小評価していないだろうか。
著者は、選挙結果を見て「もし小泉が悪いなら、03年くらいからもっと農村の自民党支持率が悪化してもよかっただろうが、少なくとも小泉時代の自民党は、農村で一定の得票率を維持していた」として小泉原因説をあっさり否定する。しかし集票組織が小泉政権下の自民党を離反できなかったのは、小泉が強大な権力を集中させて有形無形の圧力を強める一方で、民主党は現実的な対抗勢力と見做されていなかったからである。匿名の投票者と異なり、顔が見える集票組織は、たとえ不満があっても簡単に政権を裏切るわけにはいかない。鬱積した不満が爆発するためには、小泉が居なくなり、民主党が党勢を回復するための時間が必要だったのだ。

政権交代をもたらした2009年の衆院選では、多くの集票組織が民主党に流れた。最後に雪崩を打つように発生した駆け込みは、単に勝ち馬に乗っただけで小泉改革の遺産とは言い難いかもしれないが、少なくともそうした流れの先鞭をつけた特定郵便局長会と日本医師会の離反が、小泉政権下での冷遇を直接の原因としていたことは明白である。選挙において一般世論が重要であることは論を待たないが、利益集団や集票組織の動向に全く触れずに選挙の力学を論じ切ることにも、やや無理があるのではないだろうか。

もちろん、自民党の支持基盤が長期的に衰退する宿命にあり、変化を必要としていたこと、それに対して小泉氏が的確な処方箋を提供して自民党を救ったことは否定しない。しかし都市部の新しい有権者の支持を取り込むために、小泉氏はやはり地方の集票組織を切ったのであり、その手法は自民党にとっては諸刃の剣だったのだ。小泉氏が国政選挙のゲームのルールを組織票固めから無党派層の風集めに変えたことは民主党躍進の遠因となったのであり、自民党の衰退に止めを刺したのはやはり小泉氏だったのだと、私は思う。

小泉首相が誕生しなければ自民党はもっと早く政権を失っていた可能性はあるが、その場合の衰退はもっと別の形で現れただろう。


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