2017/10/13

【読書】誰が日本の労働力を支えるのか 野村総研



少子高齢化で働き手が足りなくなるという懸念と、機械に仕事を奪われて失業者が溢れるというホラーストーリー。この一見矛盾する未来像をどう理解すればよいのか、という問に取り組んだのかと思ったのだが、結論を提示することなく終わってしまった。

せっかく、膨大な職種の機械代替確率を出したのだから、これらの職業に従事する人が将来どのくらい必要で、そのうち何割は機械が代替するから、労働力は足りるとか足りないとか、粗くてもよいから結論を提示してくれれば、provocativeになったと思うのだが(まあ、すごく大変だとは思うけど)。

物流やヘルスケアのシナリオ分けも、やや納得感にかける。

幹線道路は自動運転になると言っておきながら、なぜ配送ドライバーの不足は解消されないのか。人間の移動に合わせて自宅以外にも荷物をきめ細かく配送し直していたらそっちの方が手間がかかるだろう?(ただ、中国などで一般化している、私用の配達を会社で受け取る習慣は合理的だと思う)

医療については、手術ロボットはもう一般化しつつあるし、画像診断などにAIが活用されるようになるのは、必然であり、選択の問題ではない。(AIの診断が人間の医師の理解を完全に超えたブラックボックス化した場合、機械に運命を委ねるか、という問題は出てくるが。今でもある治療法が効くかどうかは賭けみたいなところがあるので、患者が選ぶしかないとは思うが)
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2017/10/12

【読書】The 100 year life(ライフシフト)Lynda Gratton, Andrew Scott



100年生きることを前提にすると、「がむしゃらに1つの仕事を続けて60なり70なりで引退してあとは年金暮らし」という人生設計が成り立たなくなるので、働いたり学んだり休んだり仕事替えてまた働いたりしながら、長い人生を楽しみましょう、という話。

最初に就職する頃からそんなような事を考えて実践してきた者(100歳まで生きると思っていたわけではないし、成功しているかは別として)にとっては、それほど新しい発見はなかった。ちきりんが数年前に提唱した「人生を二回生きる」というコンセプトに近い。



多くの人が本書の考えを実践するようになれば未来は明るいのだが、なかなかそうは行かないだろう。

世の中には、「真面目に頑張れば豊かな生活を将来にわたって保証されて当然」と固く思い込んでいる人がものすごく多い。少子化が進んだり成長が鈍化したりグローバルな競争が激化して目算が狂っても、それは誰か他の人(政府や企業)の責任であって、とにかく自分達の権利だけは確保されて当たり前だと思っている(自覚はないだろうが)。数十年後の寿命や経済•社会構造を予測することなど、官僚にも政治家にも学者にも経営者にも、誰にも不可能なのに。まあ、政府自身ができもしない約束をしてこうした夢をバラまいて来たわけだが。

この不確実な世の中では、本書が描くように、自分自身で将来を予測して、時にはリスクを取ったり自己投資しながら、自分で主体的に生きていくしかない。もちろん最低限の保障は必要だが、比較的恵まれた層は、多少目算が狂っても自分に先見性がなかったのだと諦める心構えが必要だ。(リスクを外部に押し付けるには、余計に金を払う必要があるというのは金融の常識である。)これまでの無リスク保障は戦後の一時期にのみ成立し得た僥倖であり、恵まれ過ぎていたのだと自覚してその呪縛から逃れることが、自由な人生を生きる第一歩となる。
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2017/10/12

【読書】 決定版AI 人工知能



ぼんやりと理解していたAIの輪郭をはっきりさせてくれた一冊。

AIは、大量のデータを分析して異常値を見つけ出したり定型的なアウトプットを出すことは得意。他方、文脈や感情を理解したり、ゲームのパラダイムが変わるような環境変化に適応することは苦手。また、そもそもデータ化されていない情報を活用することはできない。

「生き字引」の存在意義は薄れるが、最初的に意思決定するのは人間なので、その感情や言葉の裏にある意図を理解してサポートするような仕事の価値は高まるだろう。

また、結果(の成否)が明確な事象(投資の勝ち負け、病気の発症、顧客による購買など)は、ディープラーニングで精度をどこまでも高められるだろうが、そもそも成否が明確に定義できないことや、文脈依存性が高すぎて再現性がない(毎回個別の判断が求められる)分野でAIが人間を凌駕できるとは、今のところ想像できない気がする。

「20XX年にシンギュラリティが到来する」などの予言を、その含意を明らかにすることなく引用する人が多いが、人と機械は別物だから得意分野が異なる訳で、AIがあらゆる知的能力において人間を凌駕するわけではない。
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2017/10/11

【読書】 孫正義300年王国への野望 杉本貴司





この種のドキュメンタリーは色々読んだが(ソフトバンクに関しては読んだことがなかったが)、この本は掛け値無しに最高に面白かった。

特に創業期の苦労話、孫氏が慢性肝炎に侵されて余命5年程度と宣告されていたこと、その闘病中に会社を任せた社長(大森康彦氏)と対立して彼を追い出したこと、「天才」西和彦との抗争、Yahoo BBの立ち上げ期の奮闘など、非常に興味深く読んだ。

孫氏は常に毀誉褒貶の激しい人だったが、震災後に再生エネの振興策の旗を振った際に「政商」と盛んに喧伝されたのを最後に、あまり攻撃されなくなった気がする(あの頃彼が推し進めた太陽光普及策は、今でもどうかと思うが)。批判を封じ込めたのは、万年3位と思われた携帯電話事業の躍進、SprintやARMの買収、当選直後のトランプとの会談、サウジとの10兆円ファンドなど、常人には思いもつかない発想を現実のものとしてきた圧倒的な実績だろう。かつて彼を批判していた人たちからすると、「随分遠くに行ってしまったなぁ」という感覚なのではないだろうか。相手を理解できて初めて批判ができるが、何を考え、誰と交流しているのかも想像付かなくなってしまうと、もはや敵やライバルではなく、雲上人になってしまう。

そんな孫氏にも、人間味あふれる側面を知ることができるのも、本書のよいところだ。1人の人間に、裸一貫からあそこまで大きなことができるのか、と慨嘆してしまう。

そしてその秘訣は、(当たり前だが)人を巻き込んで動員する力にあるのだと、改めて実感。大事を成し遂げる人は、須らく人たらしだ。 それは彼の天性の愛嬌によるところもあるのだろうが、やはり真っ直ぐなビジョンに説得力があったことが全ての起点だったのだろう。

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2017/08/01

【読書】生涯投資家 村上世彰




村上氏が昭栄に対して敵対的TOBを仕掛け、一躍有名になってから、気がつけば二十年近くが経とうとしている。

今振り返ると、ライブドアがニッポン放送の買収を企図して騒動を巻き起こした2005年から堀江・村上両氏が逮捕される2006年までの、日本社会の喧騒は異常だった。「外国企業による敵対的買収」に怯えて、なぜか全く関係が無い三角合併の導入が先送りとなり、日本企業は「事前警告型」と呼ばれるポイズンピルをこぞって導入した。

本書を読んで改めて実感することは、村上氏の主張は歪んだ会社経営に切り込んだごくごく真っ当なものであり、標的にされた企業やその経営者達の中には、ほとんど横領に近いような形で会社が食い物にされた事例も稀ではなかったということだ。

資本主義社会において、資本を託された株式会社は、それを有効に活用してリターンを挙げる(付加価値を生み出し、富を増やす)べきであり、そうした機会が社内に見当たらないのであれば余剰資金を株主に還元して、資金の好循環を促すべきである。そんな当たり前の主張が、「乗っ取り屋」という誹謗にかき消され、「会社は誰のものか」というややピントのずれた論争の前にほとんど黙殺されてしまったのは、村上氏のみならず日本の経済社会にとって非常に不幸なことだったと思うが、社会というものは(特に人々の意識や価値観は)きっと一足飛びにはなかなか変わらないものなのだろう。

あれから10年を経て、日本にもコーポレート・ガバナンスの適正化を促す動きが本格的に出てきている。本書の端々には、村上氏の無念が滲んでいるが、改めて、氏が議論を喚起したことの影響は大きかったように思う。


それにしても、本質を見ない善悪のラベリングによって、重要な社会問題が極めて単純な感情論に矮小化されてしまう問題の本質は、今日も少しも変わっていない。ますます情報が溢れ、(自分も含め)人々はますます短時間でニュースを消費するようになっている。この問題には、出口が見えない。

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