2017/10/31

質問時間配分の変更は、さすがに与党の傲慢が過ぎる

自民党が、国会での質問時間を議席数に応じて配分する案を検討していると報じられている。「仕事をしたい(地元有権者にアピールしたい)」という理由でこうした要望を出したとされる自民党の三回生議員達は、議院内閣制というものを理解しているのだろうか。

政府と議会多数派が一体となって政治を担う議院内閣制における議会では、野党による監視機能が極めて重要である。英国議会のQuestion Timeでも、質問の優先権は野党にある。プラカードを持って絶叫したり、下らないモリ・カケ問題を延々取り上げてきた野党がその役割を充分に果たして来たとは思わないが、だからといって質問時間を与党に寄せれば、国会は太鼓持ちと茶番の場になり、政治は巨大与党の独裁となってしまう。権力への懐疑と自制は、正に自民党が標榜する保守の伝統ではないのか。

安倍政権のやることはなんでも批判する朝日新聞もどうかと思うが、こんな暴挙にまで共感を示す産経の偏向も酷い。


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2017/10/27

【読書】人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊  井上智洋



基本的な骨子は、

AIとロボットの普及
 ↓
労働者は不要になる
 ↓
資産家(株主)はますます富み、持たざるものは失業して貧しくなる
 ↓
ベーシックインカムでみんなを支えよう


という議論。また、中間層の失業と窮乏化が需要を減退させることが、中長期的な経済成長への足枷にもなり得ると主張し、長期のGDPを決めるのは供給側というのがマクロ経済学の常識に挑戦している(その辺は、別途読んでいるThe Rise of the Robotsと重なる)。

しかし、大部分の雇用が失われるという予測は(著者に限らないが)、本当に信憑性があるのだろうか?

人間がやり続ける仕事はクリエイティブ、マネジメント、ホスピタリティが求められるもの、というのは納得感が高い。藤野氏の二軸で言うと、右上、左上、右下に相当する。
著者はその上で、管理的、専門・技術的、サービス職に現在従事する2000万の半分の1000万人分程度しか雇用が残らないという未来を予測する。ただし著者はこれを「極端に悲観的な」シナリオと呼んでおり、最悪のケースを想定して準備しようという立場である。

著者も言うように、機械が人間との間に感情や感覚の通有性を持つことのハードルはかなり高いので、直接対人サービスの大部分が無くなるとは思えない。介護や看護、保育、教育は勿論、飲食やホテルにおいても機械化できる部分は限られるだろう。機械化が進んでも、「廻らない寿司」への需要は無くならなかったし、今後も無くなることはない。

製造業においても、全てを機械と3Dプリンターで作れるわけではない。皮革製品や衣服、陶磁器など、手間のかかる伝統的な製法でしか出せない味わいに対する需要は、高まると思われる。

雇用の大規模な縮小が明らかに進むのは、ホワイトカラー事務職、小売、輸送、工場労働くらいではなかろうか。そして生産性が上がった分、一部の金持ちにしか手が届かなかった「手の込んだ」物やサービスをみんなが欲しがるようになり、そうした業種に労働力が流れ行くというのが、より現実的な将来像ではないか。例えば家事代行サービスは、20世紀の日本では庶民が利用できるようなものではなかったと思うが、近年その需要は急激に拡大して大きな雇用を生んでいる(家電の自動化が進んだのにも関わらず、である)。

過去20年を振り返れば、情報化で社会は大きく変わった。その大きさの計り方は人によって様々だろうが、社会の仕組みが根底から覆されたわけではない。今後の数十年も、振り返れば色々新しいものが出てきたな、と思うような変化が漸進的に起こっていくという方が実感に近いのではないだろうか。



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2017/10/25

【読書】 2020年人工知能時代 僕たちの幸せな働き方 藤野貴教



息抜きに読んだ軽いタッチの本だが、直観的でなかなか面白い。

構造・非構造、論理・感情の二軸で分ける整理は、かなり納得感が高かった。松尾氏の本でも、人工知能時代に残るのは、高度な常識的判断が求められる仕事と、ヒューマンインターフェイスに関わる仕事というような趣旨が書かれていた。

機械に仕事を奪われると多くの人には収入を得る手段がなくなるからベーシックインカム、という議論は多いが、社会の受容性も含めて、そこまで行くかは疑わしい気がする。本書が提唱するようなAIとの棲み分け・協働は、2020年を超えた将来においても結構続くのかもしれない。

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2017/10/25

【読書】 人工知能は人間を超えるか 松尾豊




類書に比べると、人工知能の発展の歴史を理論的な側面も含めて深掘りしており、説明も分かりやすい。さすが第一人者。

2年以上前の本なので、その後の経緯と比べても興味深い。

本書が書かれた2015年初頭時点では、囲碁でAIが人間に勝つのは当分先だろうというのが、著者も含めた大方の予想だったが、2016年3月にアルファ碁がトップ棋士のイ・セドルを4勝1敗と圧倒し、2017年5月には世界最強とされる柯潔に三連勝した。
最新のアルファ碁は、もはや人間が作った定石にも依拠することなく、ルールだけを与えられた素人の状態から機械同士の対戦を積み重ねて成長し、以前イ・セドルを圧倒した時のバージョンに100戦全勝したという。

他方、東大合格を目指していた東ロボくんは、2016年11月に、短期間での達成を断念して開発を中断した。文脈理解や常識的判断はできないため、国語や英語はもちろん、得意教科である数学においても文章題では苦戦したようだ。

この二つの出来事は、象徴的なように思える。囲碁のように正解が明確に定義されれば、圧倒的な計算力を活かしてモンテカルロなどの力業で解いてしまうが、言語の意味を理解できない機械ができることには限界がある。ただし、最高のクオリティを求めずにそこそこのものを安価に作りまくることは、アルゴリズムでも可能。

なお松尾氏は、シンギュラリティに否定的な見解を示している。機械が人間の手を離れて自律的に発展するためには、「生命」や淘汰圧のようなメカニズムが必要だというのが理由のようだが、なぜそれを機械に基本的な動機をプログラムすることで植え付けられないのかは、よく分からなかった。


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2017/10/20

政局雑感

希望の党は、サンドバッグ状態になってしまった。日本人(あるいは日本のマスメディア)は、かつて不遜に振舞っていた人が叩かれて弱っていくのを見るのが大好きだ。ここ一週間ほどの小池叩きは、猪瀬氏や舛添氏へのバッシングショーによく似ている。

「排除」発言が転換点となったことは間違いないだろうが、うっかり口を滑らせたというよりは、根本的な戦略において小池氏や細野氏が欲張りすぎたのだと思う。彼女たちは、希望の党がそこそこ勝つことを前提に、選挙後の党内主導権を集中することを目指して、あまりにも多くの実力者を排除しようとした。それを露骨に示した細野氏の「三権の長経験者はご遠慮いただく」発言は、「排除」と同等以上に大きな失敗だったように思う。(2011年、史上最年少の首相になれたのに見送った細野氏には、チャンスは一度きり、という思いが強いのかもしれないが、自民党では、安倍首相は二回総理をやっているし、首相経験者である麻生氏や宮澤氏が閣僚として内閣を支えた例もある。首相経験者だからいけない、という基準の意味は、結局よく分からない。)

都知事を投げ出すことへの批判、後任知事が敵対勢力から出るリスクも避け、終盤では自民党傍流との連携も匂わせるなど、首班指名で迷走したことも、全てを取ろうとして自滅した結果だろう。対する立民党の分かりやすさを際立たせてしまっている。

(追記)

結局、立憲民主党と希望の党は明暗を分けた。希望の党が自滅した結果でもあるが、今の日本では、左派的「リベラル」の支持層は結構根強いのだろう。非現実的な安保政策を取らないと自民党との違いを打ち出せないのだとすると、日本には二大政党制は当分訪れないのだろう。

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