2015/04/23

【読書】 21世紀の資本 トマ・ピケティ (続き)



ピケティの議論の検証の続きである。


仮定3:資本が偏在し、かつそれが固定化する

まず「資本の偏在」に関してである。
私が思うピケティの議論の最大の欠陥は、前回も少し触れたがライフサイクルという視点をほとんど無視していることである。

ピケティは第7章で労働と資本との集中度を単純に比較する議論を延々と展開しているが、多くの人は、ゼロに近い資産からキャリアをスタートし、若い頃はなかなか貯蓄もできず、中年以降に一気に資産を増やして引退生活に入る。これは終身雇用と年功賃金が残った日本に限った話ではなく、アメリカでも、65歳以上の人の資産の中央値(171,135ドル)は、35歳以下のグループの資産の中央値(6,682ドル)の25倍に達する

net worth by age


一方、年齢グループ別の所得の格差は、せいぜい2倍程度である(2013年では、7万ドル弱 vs 約3.5万ドル。こちらは中央値ではなく平均値だが)。

household-income-by-age-bracket-median-real (1)

ここでは25倍の資産格差が妥当な水準なのかそれとも世代間の過度な格差なのか、といった問題には立ち入らないが、いずれにしても、様々なライフステージの人々が同時に生きている社会全体を見たときに、所得よりも資産の方により大きな格差が観察されるのはごく自然なことである。

ピケティはこの点にも一応論及はしているが、「実際は、富の集中は年齢層ごとに見ても、人口全体とほぼ同じくらい大きい」(p256)とさらっと述べるだけで、裏づけとなるデータも何ら示していない。もちろん資産が大きく偏在しており、かつその度合いが所得よりも大きいということは直観にも合致はするし、多分正しいのだが、この大著で示されるデータはそれを論証する上では片手落ちと言わざるを得ない。

(続くかも)
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2015/04/22

HEYAZINEという破壊的イノベーション

東京23区内の不動産仲介手数料が全て無料と謳う不動産仲介ベンチャーが現れた。その名もヘヤジン
HEYAZINE.png


手数料無料を謳う仲介業者は他にもあり、いくつか覗いてみたが、ヘヤジンほど体系的に整理されたサービスを展開している会社は存在しないように思う。

実際に試してみて感じたが、ヘヤジンは典型的な「破壊的イノベーション」である。
クリステンセンが提唱した「破壊的イノベーション」の特徴は、従来型の製品やサービスに比べて性能は劣るがシンプルで低価格なことであり、まずはそのクオリティでも十分満足できるローエンドの顧客層を取り込む。そして徐々に品質・性能を高めて上位顧客を侵食し、ついには市場を席巻するのである。

ヘヤジンは、これまでの不動産仲介業で常識だった対面型の営業を省き、物件検索、内見同行、契約業務とで分業体制を敷くことで人件費を抑制し、手数料0を実現した。収入源は貸主側からの広告料のみであるが、これは全ての物件に出るわけではないので場合によってはヘヤジンの持ち出しになってしまう。それでも「全物件手数料0」を謳うことで集まった人を効率的にさばくことにより、全体として収益を挙げていくというモデルである※。ウェブサイトは、物件の検索は勿論、入居状態の確認や内見申込みまでを簡単に行えるようにうまくデザインされている。

※さすがにこれでは成り立たなかったようで、貸主から広告料が出ない物件に関しては一律3万円の仲介手数料を取ることに変更されるようであるが、それでも格安であることには違いない。

しかし私は結局、今回の部屋探しでヘヤジンを利用することはなかった。
詳細は割愛するが、借主である自分の側に部屋の利用や契約形態に外せない条件があり、それらを貸主側とタイミングを見ながらうまく交渉をする必要があったのだが、分業体制を敷いているヘヤジンにはそうしたきめ細かなフォローを望めそうになかった。また、ヘヤジンには「内見に行ける物件数は3件まで」という制約があり、それも障害となりそうだった。よって、手数料はかかるが他の業者さんのお世話になることにしたのだ。

ちなみにこの「3件まで」というのも、ヘヤジンモデルのポイントの一つである。仲介業者から見て一番困るのは、いくつもの内見に付き合わせた上で結局いつまでも決めない客だろうが、ヘヤジンはそうした顧客が自ら敬遠してくれるような仕組みを作っているのである。というわけで、今回の私のようにややこしい条件を抱えた借主は、おそらく当面は従来型の仲介業者に頼ることになるだろう。

他方、もしも自分が(最初に東京で一人暮らしを始めたときのように)明確で分かりやすい条件を持っており、細部にはこだわらないから短期間で部屋を決めたいと思っていたら、ヘヤジンはよい選択だと思う(3件はちょっと少ない気がするが)。こうした人にとって、店舗に足を運んで物件紹介を受けながら相談に乗ってもらうことは、時間と費用の無駄でしかない。シンプルで低価格なサービスの方がよいに決まっている。

こうした顧客はどちらかと言うと単価が低いだろうから、従来型の仲介業者から見ると奪われても最初はさほど痛くないのかもしれない。しかし時がたてばヘヤジンもノウハウを蓄積してサービスの質が向上するだろうし、市場の構造も変わるだろう。
例えば今は室内の写真をネット上に掲載していない物件が相応にあるため、実際に部屋を見ないと内装や眺望が全く分からないことも多いが、ウェブでのスクリーニングが主流になり、写真を掲載しない物件は「どうせ魅力的じゃないのだろう」と内見リストにすら入れてもらえなくなれば、貸主も豊富な写真を掲載せざるを得なくなる。そうなればウェブスクリーニングの効率は格段に上がり、内装などにこだわる人でも実際に内見するのは3件で十分、ということになるかもしれない。こうしてヘヤジンは、徐々に単価の高い顧客層を侵食していくことになる。

しかしこの発想をさらに突き詰めると、そもそも(ヘヤジンを含む)仲介不動産という業態自体の存在意義が掘り崩されていく。貸主と直接つながっている不動産管理会社が十分な情報を開示し、それを借主がウェブ上でスクリーニングして絞り込むことが可能になれば、管理会社が直接借主を募集するところまであと一歩である。SuumoやHome’sがあれば、仲介業者は不要、というケースも出てくるのではないか。
もちろん、借主が自分で複数の管理会社に連絡することや、管理会社が不動産の素人である借主と直接交渉することは、双方にとって手間だし、契約周りで借主側を代表するプロがいた方が安心ということはあるので、仲介業が無くなることはないだろうが、そこにどれだけの付加価値が残るだろうか。

以上がクリステンセンの理論を当てはめて見通してみた、日本の不動産仲介産業の未来だが、さて数年後はどのような姿になっているだろうか。

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2015/04/09

雪国まいたけのTOBはインサイダー取引なのか

雪国まいたけに対するベインキャピタルのTOBが本日完了したようである。ひと月半ほど前から株式市場の一部を賑わせている本件についての雑感。

ここに至る経緯はこのブログに詳しいが、要するに創業家の大平元社長等と外部から連れて来られた経営陣とが対立し、新経営陣が創業家を追い出すために銀行とファンドと手を組んだ、というのが背景である。
創業家は6割超の株を保有して経営を支配していたので、ただTOBをかけるだけでは追い出せない。ところが、この創業家保有株の大部分には第四銀行等の担保権が設定されていた。そこで、まず銀行が担保権を行使することによって大平氏から株を奪い、それをそっくりTOBでベインキャピタルに売り渡すことで、創業家を追い出そうとしているのである。

さてネット上では、この第四銀行等が担保権を行使して株式を取得する行為がインサイダー取引に当たるとの指摘が散見される。確かに、第四銀行がTOBの公表以前からベインキャピタルや現経営陣と相談して計画を進めてきたことは間違いないので、何となく怪しい臭いを感じてしまうのは分かるのだが、これをインサイダー取引というのは随分と乱暴な議論である。

そもそもインサイダー取引とは、未公開の重要事実を知った会社関係者が、それを知らない投資家と株を売買することを言う。典型的にはTOBがあることを公表前に知って株を買い込み、TOBが公表されて株価が上がったところで儲ける、といった行為である。

金商法166条の規定を改めて見てみると、「会社関係者」で、かつ重要事実を知った者は、

当該業務等に関する重要事実の公表がされた後でなければ、当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買その他の有償の譲渡若しくは譲受け、合併若しくは分割による承継又はデリバティブ取引をしてはならない。(引用注:一部略)

となっている。

ところが今回第四銀行が行ったことは、(おそらく)ずっと前から設定されていた担保権を、TOBが公表された後に行使して株式を取得し、TOBに応募しただけである。つまり第四銀行は、未公表の重要事実(=TOBの計画)を知ってからそれが公表されるまでの間に、雪国まいたけ株式を取得するための新たなアクションは何ら取っていないはずなのだ。

もしも第四銀行が、TOBの計画を知りながらそれを隠して新たに担保権を設定したのであれば、「譲受け」に類する行為と見做されて金商法違反に問われてもおかしくないが、そうした事実は指摘されていない。

第四銀行が未公開の重要事実を知りながら行ったことは、唯一、「TOBがローンチされたら担保権を行使して応募しますよ」と、ベインキャピタルとの間で約束しただけである。これがインサイダー取引の「売買」に該当すると構成するのは、法文解釈上、相当に無理がある。
まず、第四銀行が行使すると約束したのは、彼らが(おそらく)元々持っていた権利であり、新たに株式やその権利を取得したわけではない。また、約束の相手型であるベインキャピタルは株の売主にはならないわけだし、そもそも自分がTOBをかけるという重要事実を当然知っており、クロクロ取引(※未公表の重要事実を知っている者同士の取引。売り手も買い手も「クロ」なので)はインサイダー取引規制の対象外である。

唯一問題があり得るとしたら、設定された担保権が行使可能になるように、第四銀行が積極的に働きかけていた(かつそれを重要事実を知りながら行っていた)ような場合である。例えば、大平家が弁済を進めようとしていたにも関わらず、第四銀行が積極的にそれを制止したり、或いは、借入金の返済計画をコントロールする現経営陣が第四銀行とグルになって、意図的に弁済を遅らせて担保権の行使を可能にした、といった場合である。

仮にこうした状況があったのであれば、第四銀行が本来取得できなかったはずの株を、重要事実を知らない株主(=大平家)を欺いて取得した、という主張は展開できるかもしれない。逆に言うと、こうした事実を少なくとも推認させる根拠を示さずに「インサイダー取引だ」と言ってみても、それは「裏でコソコソやるのはけしからん」という感情論の域を出ない。(繰り返しになるが)重要事実を知る前から持っていた権利を、重要事実が公表された後で行使したというだけでは、インサイダー取引の問題にはならないのである。

第四銀行の対応が道義や礼儀の問題としてどうなのかという議論はあろうが、違法性を問うのは筋違いであろう。

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2015/03/14

【読書】 通貨燃ゆ 谷口智彦



通貨をめぐる政治を独自の切り口でまとめ上げた本書が書かれたのは約10年前だが、10年振りに読んでもやはり刺激的に満ちている。

本書のハイライトは、ドルがポンドから基軸通貨としての地位を奪った経緯(特にブレトンウッズでのケインズvsホワイトの交渉)や金ドル兌換停止というニクソンショックだが、ここでは日本が当事者となった通貨戦争を備忘のために記しておく。

ケインズが言うように、「既成の社会基盤を覆すのに、通貨価値を下落させることほど巧妙で確実な方法はない」。

日中戦争当時、蒋介石政権の転覆を図るために偽札作りを計画し、実行した旧日本陸軍の秘密作戦が存在した。阪田誠盛率いる、通称「阪田機関」なる特殊工作班が立案し、内閣印刷局、凸版印刷や巴川製紙所が参画したという。その作戦は、中国の偽札で軍事物資を調達することで、タダで戦争をしつつ、敵の通貨価値を下落させて購買力を削ぎ、社会を混乱させるという一石二鳥を狙うものだった。1940年前後のことだった。

それに先立つ1930年代半ばには、日本は、当時銀本位制をとっていた中国の通貨信用力を低下させるため、中国が保有する銀の密輸出を促す工作も行った。
これに対して英国政府は、フレデリック・リース・ロスを中国の財政顧問として派遣し、中国通貨の銀との交換を停止して、ドルとポンドを参照する管理フロート制に移行する幣制改革を行った。更に日本が横浜正金銀行を通じた中国通貨の売り浴びせに動くと、米国も銀と引き換えに中国にドルを供給し、中国支援を行った。1934年のことである。真珠湾攻撃の6年前、既に日本と英米は通貨をめぐって「戦争」状態にあったのである。


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2015/03/05

【読書】 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?--数千年に一度の経済と歴史の話  松村 嘉浩



私たちは現在、それまでの数百年と質的に異なる重大な環境変化を経験している。即ち、
・過去数世紀の間爆発的に増加してきた人口が、一部の先進国から順に減少に転じつつある
・全ての経済圏がグローバル経済に組み込まれ、地球上からフロンティアが消滅しつつある
・情報化により、人間の知的労働がコンピュータに代替されて消滅している

3点目がどれほど決定的な変化をもたらすかは見方が分かれるところだろうが、最初の2点により経済成長が限界に達していることは明らかである。過去数百年のような高い成長はもはや不可能であり、成長を前提としない社会構造や価値観に転換する必要がある。

ここまでは多くの人が「その通り」とうなずくところかもしれないが、実際には転換が進まない。ほとんどの人はその変化を「他人事」と捉えており、自分自身に変化が求められるとは思っていないからだ。

本書では、年金を求める普通のおじいさん・おばあさんが「既得権益者」であり、リーマンショックの元凶(遠因)であると正しく断ずる。いたって真っ当なこの指摘は、しかし多くの人にとってはショッキングかもしれない。
2007-08年に金融危機が発生したのは、端的に言えば「金融業界が過大なリスクを取ったため」というのが供給側に着目した説明であるが、需要側に着目すると、低成長経済に見合わない過大なリターンを求めた年金基金等の機関投資家の存在があり、その背後には、これまでと同じ予定利回りで計算された年金給付を求める受給者がいた。


ここからは私見だが、「60過ぎたら定年退職し、あとは豊かな年金暮らし」などという人生は、子供を4人も5人も育てた世代にのみ許された贅沢であり、「人口ボーナス」が存在した特異な状況下でのみ成立し得た文字通りの「ボーナス」だった。

4人の子供を育てた世代(団塊世代の親世代)と、子供を2人しか育てなかった世代(団塊世代)とで、年金の払い手の比率は半分になり、しかも余命は延びているのに、同じ水準の年金がもらえるわけがないのだが、多くの人はそうは考えない。政府が、日銀が、大企業が、何とかしてくれると考え、更には今の現役世代が自分が若かった頃の倍の保険料を払っても、自分の年金だけは守られて当然と思ってしまう。

本人たちに悪気はない。既得権とは元来、そういうものである。開業医も農協も労組も、自分を「既得権者」などとは考えたこともないだろう。ただ、これまであったものは正しいものだと強固に信じて、本人の主観のうえではいたって正当な、あるべき社会制度や最低限の権利を守ろうとしているだけなのだ。だから譲らない。だから変えられない。

社会保障給付という史上最大級の既得権の根源には、「真面目に生きてさえいれば、自分は何も考えなくても、それなりの生活が誰か(政府や企業)から与えられて当然だ」という、主体性を放棄した甘えがある。虚心坦懐に見つめれば、(経済的に困窮しているわけでもないのに)自分が払った以上の給付を他人の負担で受けようなどという助平根性は、自ら戒めなければならないと分かるはずなのだが、それを当然の権利と主張するこの思い込みは、実に抜き難い。著者は希望を持っているようだが、個人的には日本は財政的に行き詰まるまで変われないと思う。


なお巻末の補論には、以前ここでも書いたことと類似の視点からの金融政策に関する解説が入っており、非常に分かりやすい。



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